「っ・・・、あのなあ。あのオッサン舐めとったらアカンで。人当たり良さそうに見えるけど、何十人も殺しとる男やぞ。それこそ敵味方関係なしにな」
「まさか。敵ならともかく、味方をどうして殺すのさ」
「七海派(しちかいは)は裏切りモンは絶対に許さんいう掟やねん。とくに味方のタマ狙うような奴やったら、容赦のう射殺するか、自分で落し前付けさせる。そういう会長の掟を徹底させてんのんが、キサンや。ほんまに怖いオッサンやで。・・・まあギュハには甘いみたいやけどな」
「そうなの? そういえばあのギュハって人も、なんとなくキサンさんには遠慮してる感じがした・・・っていうか、ギュハって人、なんだか凄い綺麗だよね。最初見たとき、モデルか俳優かと思っちゃった」
「嵯峨、ほんまにギュハの正体わからんのか?」
「正体って? なんか、有名人だったりするの? やっぱり芸能人とか」
「・・・の、息子や」
「あ、そうなんだ・・・誰? 高寧流スターとか?」
「これ以上は勘弁してくれるか、その話するとギュハが一番嫌がりよるから・・・あとが厄介やねん」
「へぇ・・・どうしてだろう。あんなに美形だし、芸能人の息子なんて、僕だったら自慢しちゃいそうだけど」
「ええことばっかりやないで。それに、華やかに見えてるだけで、本人がどんな境遇で過ごしてきたかなんて、聞いてみんことにはわからんやろ。・・・ありがとう、嵯峨。もうええから、部屋行っとき。ギュハに見つかったら、ややこしなるから」
「だめ。ちゃんと約束してよ・・・僕の為に危険なことしないって」
「わかった、約束するから」
「そんなこと言って、どうせ口だけなんでしょう。だってヒデは嘘吐きだもんね」
「嵯峨、ええ加減にせんと怒らせる気いかいな。寝てへんねんから、その辺にしてくれ。マジで切れるわ」
「わからないならそれでいい。僕からギュハに言うよ」
「あほか! ヤクザ舐めんのも大概にせいや、素人が首突っ込んで、どうにか出来る思とんのか」
「だったら止めればいいじゃないっ! 何でヒデがこんなことやってるの!? 大学行ってるんでしょ? 普通に就職して普通の生活すればいいじゃない、金虎なんて辞めて・・・」
「嵯峨に何がわかんねん・・・ほんまに世間知らずやねんから」
静かにヒデがそう言った。
「何って・・・だってヒデは・・・」
「大学言うたかて高寧大学のことやん・・・あんなもん、どこ行っても学歴として通用せえへんわ。大学どころか、初級学校から俺らはずうっと高寧学園やったから、小学校の卒業資格すらないねんで。どこが雇てくれるんやそんな男」
「嘘・・・そうなの・・・? だって、ヒデは英語だって僕なんかよりずっと上手で、さっきだって清華語で電話してたし・・・」
「聞いてたんかいな、油断できへんな・・・。それでも学歴ないもんわ、ないんや。今の日本ではアルバイトでも就職できんわ。まして英国みたいなん、ただでさえ不景気やのに、外人雇てる場合ちゃうしな」
「そんなの変だよ・・・だって、日本政府が授業料無償化を検討している学校なのに、その日本で学歴にすらならないなんて」
「そらしゃないわ。公の支配に属しない慈善、教育もしくは博愛の事業に対し、公金その他、公の財産を支出してはならない・・・日本国憲法の規定がそうなってるからな。それに対して無償化をしろと、無理を言うてるのんが高寧学園側の人間や・・・本国へ送金するためにな」
「・・・どういうこと?」
「高寧学園の授業料を無償化したり、助成金を出したりしたところで、今通っとる生徒の親が、ほんまに楽になるわけちゃうねん。結局寄付金やバザーや、なんやかんや名目付けては、学校に搾り取られるだけやん。授業料だけで年間50万から払わされるねんから」
「うわ・・・金持ち!」
「いや、金持ちやから通うわけちゃうねんけど・・・まあ、ほんまに貧乏な連中が通われへんのは、確かやな。俺らかてやめれるもんやったら、やめたかった。高寧学園なんか行かんと、普通の公立学校通いたい言うて、なんぼ親父と喧嘩したことか・・・」
「そうなの・・・? だって、公立学校じゃ、民族教育が受けられないし、そのぉ・・・・・・やっぱり、日本の国家歌うの嫌なんでしょう?」
「なんでえな、俺日本生まれの日本育ちや言うねん。君が代歌て、日の丸掲揚して何が悪いねん」
「ええっ・・・だって、軍国主義だった頃の日本の象徴なのに・・・」
「嵯峨・・・お前、ほんまに日本人かいな。・・・あのな、先回りして言うけど、あれはべつに天皇賛美の歌ちゃうと思うで」
「嘘、そのものでしょ?」
「諸説あるんは確かやけど、君が代の君は、愛しい人、大切な人言う意味で、昔から恋歌で普通に使われとった代名詞や。君が代の原歌やて言われてる、詠み人知らずの歌が、古今和歌集や和漢朗詠集に出てるけど、そこでは『わが君』とされてて、詠み人がわからん以上、作者にとっての『君』が誰かは知りようもない。原歌は古今和歌集で賀歌っちゅう祝いの歌に入っとって、賀歌は長寿を祝ったり願ったりする歌のことや。したがって、愛しい人の長寿を願う歌とか、あるいはわが大君、君主のご長寿を祝し御世に寄せる歌と解釈することも、もちろんできる。他にも、君は朝敵たる『安曇の君』を指してて、当時老齢であった『わが君』、つまり安曇の君の病状回復を祈るせつない歌であり、勅撰和歌集である古今和歌集へそれを載せるにあたり、撰者の紀貫之が敢えて詠み人知らずとしたとか、あるいは元は挽歌やったちゅう説もある。まあ、ほんまのところはわからんな。せやけど俺はやっぱり、愛する貴方が生きているこの世界が、子々孫々と、千年も八千年も、小さな細石が大きな岩・・・つまり礫石となって、さらにそこへ苔が生えるまで、ずっと長く続きますように・・・ちゅう、究極のラブソングやっていう解釈が、一番好きや」
「そう考えると、なんだかロマンティックな歌詞だね」
ヒデが言うと、急に素敵な歌詞に聞こえてきた。
「まあそれも解釈次第で、もちろん『君』は『天皇』とする説も否定はせんけど、そうやとしても、天皇陛下のお治めになるこの御世、この国、この世界が、千年も八千年も永らえますように・・・争いも血なまぐささ感じさせん、平和な歌詞やと俺は思うよ。ちゅうか、この歌のどこをどう聞いて、軍国主義に聞こえんねん。ついでに日の丸も、白は清い心で生活したいという、日本人の生き方を、赤は真心を、円は始まりも終わりもない永続性を意味してる。間違っても白は骨の色、赤は血の色とか、言わんとってや」
「そう習ったのに、ショックだ・・・」
だから軍国主義の象徴だと・・・。
「やっぱりかいな。こっちがショックやわ」
「僕らが受けてきた教育って一体・・・」
「それ言い出したらきりないけどな・・・せやけど、そんなことは調べよう思たら、今の世の中ネットでいくらでも自主的に学べることやろ。学校がなんでも教えてくれるわけやない。寧ろ学校が教えることなんて、俺らは嘘ばっかりやて思てるぐらいや・・・、高寧学園は特別やけどな。お人好しな日本人相手やったら、差別や強制連行や、文化奪われたんや言うて騙せても、こっち来てどれだけ恥掻いたか・・・。とにかく話戻すけどな、俺らは所詮外人や。俺は自分では日本人のつもりやったけど、残念ながら国籍は高寧や。帰化もできんし、どうしょうもないことやねん。外人である以上、日本では何の保証もなくてあたりまえ。ほんまは公立校行きたかった言うても、行けん事情があった。そのことで俺は死ぬほど親父を恨んだ。せやけど、いまでは宿命や思て受け入れるようにしてる・・・」
「でも・・・やっぱり可笑しいよ。だったら政府が高寧学園の授業料を無償化すると、高寧人たちの学歴を奪うことに加担することに繋がって、人権侵害になるんじゃないの? それをするなら、先に高寧学園を普通の学校として認めてあげないと・・・」
「せやけど、それやったら日本人と同じ教科書使わなあかんやろ。高寧学園がそれをしたない言うてる以上は、授業料だけ無償化せい言うたり助成金出せ言うたりするんは可笑しいで」
「使えばいいじゃない」
「あのな・・・そらそうしてくれたら、どんだけええか。せやけど、そんなんしたら、高寧学園の存在意義はないやろが」
「どうして? 民族教育はたとえば選択授業にするとか・・・」
「そやな、火炎瓶の作り方から武器の作り方、使い方まで選択授業で教えてええっていうんなら、そら考える余地もあるやろうな」
「いくらなんでもそれは・・・まさか、教わったの?」
「高寧学園を普通の学校やと思たら、あかんっちゅうねん」
「えっと・・・・その、高寧学園ってまさか・・・日本人拉致とか・・・」
「せやから自分が今どういう目に遭っとるんか、考えたらわかるやろ。はっきり言うたるわ。スパイ及び犯罪者養成機関やの。それが高寧学園の正体や」
「そんなのネットとかで言われてるだけで、レイシスト達が・・・」
「ええ加減に認めや嵯峨・・・呆れるわ。俺らも大概高寧学園に洗脳教育受けてきた思てたけど、それ以上やな。哀れで仕方ないわ・・・」
「嘘でしょ、そんなの・・・どうしてそんな学校が日本にあるんだよ、誰も幸せになれないのに」
「国民が幸せになるために、学校はあるんやない。国家にとって、政府にとって、都合の良い兵隊を、奴隷を作る為に、教育するんや・・・そこで立ち止って、考えるような人間は必要ない。少なくとも高寧学園は、優秀なスパイを養成する高寧国の出先機関でしかない。高寧国に金出せ言うてる日本人の政治家がおったら、そいつは高寧国から金受け取るか、女宛がわれて、恥ずかしい写真でも撮られて脅されてる奴やろな・・・」
「日本人であることが嫌になってきたよ・・・」
「滅多なこと言うもんちゃうで。自分のアイデンティティに自信が持たれんような人間は、相手のバックグラウンドへも敬意が払われんようになる。ちゃんと足元見つめて、アカンところも、ええところも、全部受け入れるんや。俺は誉められた人間ちゃうし、高寧学園も大嫌いやし、日本人になりたかった高寧人やけどな・・・べつに高寧が嫌いなわけちゃう。だってしゃあないやん。俺は高寧人やし、親父もお袋も高寧人やねんから。ここの連中かてみんなそや。ギュハもキサンも。みんな祖国を愛しとる。せやから嵯峨も、自分の国が嫌いやなんて、絶対に言うたらあかんで」
「ヒデ・・・けどさ。僕は自分が何者かなんてどうだっていいよ。ただ好きな人と一緒に生きて行きたい・・・これは可笑しいことかな」
「可笑しないな・・・そうできたら、幸せやと俺も思う。ほんで、愛する人とその家族がずっとずっと、幸せに生きていてほしい・・・そう思うわ。千代に八千代に・・・ええ歌やな、やっぱり」
僕の言葉を肯定しつつ、そう言うヒデの目は、どこか遠いところを見つめているように感じた。
その視線の先に何があるのか、突然不安になる。
「ねえヒデ、一緒に逃げようよ・・・二人で生きて行けばいいじゃない」
どこかで聞いたセリフだと思った。
「嵯峨はロマンティストやな。・・・なあ、もう一回だけキスしてええか?」
「うん・・・僕もヒデとキスしたい」
何度でも、何百回でも、数えきれないぐらいに。
静かに目を閉じて、顎をあげる。
分厚い包帯を巻かれた掌の感触が頬に当たり、温かい吐息と柔らかい感触が一瞬だけ口唇に触れた。
「これで元気百倍や・・・ほんな、そろそろ時間やから、店行ってくるわ」
そう告げてヒデが立ち上がり洗面所から出ると、軽快に階段を駆け降りて行く足音が、遠くから聞こえてくる。
結局、僕は彼に我儘を言って、貴重な仮眠の時間を奪っただけだった。
09
☆BL短編・読切☆へ戻る