「嵯〜峨ちゃんっ! メシやでぇ」
部屋に戻ってテレビを見ていると、テンション高めのおっさんボイスとともに、キサンが食事の準備を手にして入って来た。
「ああ、どうもすいません。・・・またお好み焼きですね」
大きめのトレイには、二人分のお好み焼きが載っていた。
ただしトッピングが豪華めで、海老やイカの姿が見えている。
夕食だからだろうか。
「ああ忘れてた・・・、昼間もお好みやったな。立て続けにお好みはいらんよなあ・・・俺、何してんねんやろ。作り直してくるわ・・・」
「いいです、いいです・・・お好み焼き好きですから! それに昼間もすごく美味しかったですし・・・」
がっくりと肩を落としながら、トレイを持ってすぐに出て行こうとするキサンを、慌てて呼びとめた。
「ほんまか? 気いつこて(注*使っての意)へん・・・?」
「ほんまです!」
うっかり釣られて関西弁で肯定し、大きく首を縦に振ると、サングラスを掛けたナイスミドルのヤクザ顔が、満面の笑顔に包まれて、意気揚々と、また部屋へ入って来た。
「そうか、そうかー。嵯峨ちゃんもお好み好きやったんか、良かったわ! ほな、ようさん(注*沢山の意)食べてや〜。 足りんかったら、なんぼでも焼いたるからな! タネ作りすぎて、あと5枚は余裕で焼けるから」
「そうですか・・・でも、皆さんも召し上がるでしょう?」
いらない誤解を生んでしまった気がした。
これから当分、お好み三昧になりそうな気がする。
「俺と嵯峨ちゃんだけやで。遠慮せんでええ」
「ええっと・・・これ焼いたのって、ひょっとして・・・」
「もちろん俺や。ホタテに牡蠣、イカ、海老入りの、キサン兄貴特製海鮮お好み焼き!・・・ええと、嫌いなモンとかないか・・・?」
「大丈夫です。美味しそうですね。さっそく頂いていいですか?」
どうやら今回の作り手は、ギョンスンではなかったらしい。
スーパーの仕事へ行ってしまったのだろうか。
「もちろんや。た〜んとおたべ・・・俺や。何んかあったんか?」
箸を手にして、削り節が踊るお好み焼きを切りわけようとする。
その途端に『ラブ・ミー・テンダー』が流れ出し、すぐにキサンが電話へ出た。
僕と話しているときとは打って変わって、ドスの利いた声での会話が続く。
仕事の電話のようだ。
「うわ・・・すごく美味しいや」
箸を進めるごとに、海の幸の旨味が口の中に広がる。
生地の焼き加減もふんわりと厚みがあって、そこから千切りキャベツの甘みが、ちゃんと感じられた。
あるいはキサンもギョンスンのように、仕事で焼いていたことがあるのだろうか。
・・・どこから見ても強面の人にしか見えないキサンが、スーパーの惣菜コーナーでエプロンを掛けて、「はい、まいど〜、安いで安いで〜」などと、ドスの利いた声で客引きをしながら、お好み焼きを焼いている姿を想像してしまい、・・・一人で笑い転げそうになってしまった。
そのとき。
「アホか、何ぬかしてけつかんねん! それがおどれの仕事やろ!」
突然目の前のキサンが大きな声を出して、心臓が縮こまりそうになった。
「・・・・・・」
箸を咥えたまま、茫然とキサンを見つめる。
「バイトが無断欠勤しよったんやったら、おどれがレジ入るなり、来とる奴残業させるなりして、回したらええやろ! ・・・そやったら、帰りよった奴呼び戻せや。そんなことで、いちいち電話掛けてこんと、われで判断せい。何のために高い給料もろとんねん!」
どうやら24時間スーパー『マルネイ・ストア』の店長から、架かって来た電話らしい。
話しを聞く限り、アルバイトが無断欠勤をして、人が足りなくなっているようだった。
一人二人の欠員ではないらしく、聞いていると、どうも5〜6人ぐらい休んでしまったようだった・・・ストだろうか。
悲鳴を上げたくなるのも仕方がないと思うが、確かにそんなことで狼狽して、組幹部の彼に電話をかけてくるスーパーの店長というのも、少々頼りない。
「キサンさんって、こんな相談まで受けているんだ・・・」
僕の為に海鮮お好み焼きを焼いてくれたり、スーパーの店長から泣きつかれたり・・・・一見怖そうに見えるけど、金虎では、僕にとって一番親しみやすい人かもしれない。
しかしヒデに言わせれば、非情な一面があるという話なのだが、・・・・今のところ、そんな様子はまるで見付けられないでいた。
「ほんまに、しっかりせいや。・・・それとな、バイトの女の子らおるやろ・・・そやそや、あの清華人の姉ちゃんらや。あの子らに廃棄品持って帰らせんのやめさせ。・・・そや、あの子らや。ヨンムン言うとったわ、牛乳とか肉とかようさん袋詰めて持って帰っとるって」
「あ・・・ヒデが行ってる店なんだ・・・」
どうやら彼が深夜労働をしているスーパーにおいて、清華人アルバイトの女性たちが、消費期限切れの食料品を持って帰っていたことを、キサンは快く思っていないようだった。
そのぐらい許してやってもいいのではないかと思うのだが・・・、それに仕事だから仕方がないのだろうが、いちいちキサンへ報告しているヒデも、見逃してやればいいのにと思ってしまった。
「ほな、頼むで・・・ああ、ちょお待て。それから、求人すぐ出せや。おうそうや。休みよった奴ら、もう来えへんから10人・・・いや、7人でええわ。3人はまたウチから若いの行かせるから、とりあえず7人すぐ雇って」
「うわ・・・10人だったのか・・・」
どうやら無断欠勤をしたアルバイトは10名いたらしい。
それはたしかに、店長が悲鳴をあげるのも、無理はないだろう・・・どの程度の規模のスーパーなのかにもよるが、二桁の欠員はたしかに痛すぎる。
そしてキサンの判断により、全員解雇になるようだが・・・、店長の気苦労が伺いしれた。
「ほんまに、しゃあないやっちゃ・・・嵯峨ちゃん、ご飯中にうるそして(注*五月蝿くして)堪忍な」
間もなく通話を終えたキサンが、舌打ちしながら携帯を懐へ仕舞い、そしてすまなそうな顔をしながら謝ってくれた。
「いえ・・・なんだか、スーパー大変そうですね」
「うん・・・いきなり10人欠員出たからなあ・・・店長が、泣きそうな声して電話してきよったわ、男のくせに情けないやっちゃ。・・・筋通さなあかんいうんはわかるけど、ほんま無茶しよんでミンジェのアホも」
「ミンジェ?」
聞き慣れない名前に、そのまま問い返す。
「ああ・・・いや、こっちの話や。・・・それより嵯峨ちゃん、綺麗に食べたな。おかわりいるか?」
「いえ、もう結構です。御馳走さまでした」
どうやら誤魔化されたようだった。
ミンジェ・・・なんとなく聞き覚えのある単語だった。
その人の名を僕は最近どこかで聞いていた・・・誰のことだっただろうか。
「なんや、遠慮せんでええねんで? タネは残っとるさかい、焼くだけやからな。・・・それとも、あんまり口に合わんかったか? なんやったら店屋モンでもとったるで? やっぱあれか、若い子やからカレーとかオムライスの方がよかったか?」
「いえ、本当に美味しかったですから。ただ、今日はずっとここにいましたし、動いてないから、それほどお腹が空いていないもので・・・」
というか、倫敦でカレーやオムライスの出前なんてしてくれるところが、本当にあるのだろうか。
・・・まあ、先日焼肉と高寧冷麺を食べたばかりではあるのだが。
「ああ、そうやったな・・・なんや堪忍な、不便させて」
「お気遣い頂いてありがとうございます。・・・・あの、お仕事のこと、少し聞いてもいいですか?」
「うんええよ。・・・まあ、言える範囲やったらの話やけどな」
「承知してます。あの、金虎って七海派系列なんですよね。『セブン・シーズ』と『マルネイ・ストア』の他に、どんなお仕事をなさっているんですか? ・・・お仕事っていうのは、つまりその・・・なんでしたっけ、シノギ・・・とかいう意味の・・・」
「はははは、慣れん言葉無理につこてるとこ見ると、俺らの事、一応誰かから聞いてるみたいやな。まず、俺のことから話したるわ。俺は七海派ではあるけど、金虎ちゃうねん。なんちゅうか、親父から命令されて派遣されとる、お目付役みたいなもんやな」
「お父さん・・・? ええっと、キサンさんってひょっとして、七海派の偉い人の息子さんとかですか」
「ちゃうちゃう、親父言うんは会長のことや。ニックネームみたいなもんやな。・・・まあ、ケイちゃんとかヨンムンみたいな、ほんまに若い子らは、あんまり親父と接触ないから、普通に会長って呼んどるけどな・・・」
「・・・すいません、ケイちゃんって誰ですか?」
また初めて聞く名前だった。
「すまん、すまん・・・ケイちゃん言うのは、ギュハのこっちゃ。あいつ、日本名が柴田圭夏(しばた けいか)言うんやわ。せやからケイちゃん」
教えてくれながら、キサンはまたメモパッドに漢字を書いて説明してくれた。
「へえ・・・ギュハさんの日本名ですか」
なんというか、外見もそうなのだが、名前といい、漢字といい、やはり中性的で繊細な印象だった。
ついでに、高寧名では柴圭夏と書いて、シ・ギュハと呼ぶらしい。
在日高寧人は、通名でも名前の部分は本名のままで、読み方だけ変えるものなのだろうか。
ヒデに至っては、姓も名前も漢字だけ見れば同じだ。
キサンは話を続けた。
「俺は十代半ばのときに会長に拾われて七海派に入ったから、会長が父親代わりみたいなもんなんや。ヨンムンにとってはケイちゃんが恩人で、兄貴みたいに慕っとるし、金虎の連中はみんなそうやろ。金虎のリーダーは、あくまでケイちゃんやからな。この世界の人間は、みんな誰かしらに拾われて、その人に忠誠を誓っとるもんやけど、俺らの世代はそれが会長ちゅうこっちゃ」
「そうだったんですか・・・」
ヒデとギュハ・・・・かつて二人に一体どんなことがあったのだろうか。
「たぶん嵯峨ちゃんも聞いてるやろけど、七海派は日本で暴対法が施行されて以降、収入源のほとんどはカジノとかスーパー経営とかの、所謂シノギが主体や。『激安スーパー玉点(たまてん)』って知っとるかな、・・・あれもウチやで」
「聞いたことはあるような、ないような・・・」
なんとなく似たような名前のスーパーが大阪にあるのは、知っているが、『玉点(たまてん)』という名前も、確かに聞いたことがあった。
あまり評判は良くないが、その名前の通り値段の安さでは、どこにも負けないスーパーらしいのだが、置いてある商品はどれも消費期限ぎりぎりなのだそうだ。
ネットの掲示板によると、同じような名前の、やはり大阪限定である老舗スーパーから、何度も苦情の申し入れや、司法・行政機関への申し立てなどを受けているらしいが、その度になぜか各店舗へ強面の人達が現れて、件の問題が平和的に解決してしまうという都市伝説を読んだことがある。
・・・・・『玉点』が七海派系なのだとすると、なんとなく納得できる気がしてきた。
「他にも弁当屋出しとった組員もおったなあ・・・そいつの実家が、オーガニックレストラン経営しとったもんやから、やたら無農薬野菜に拘りよってな、めちゃめちゃ評判になって、タウン誌の取材とか来とったわ」
「へぇ、それはすごい!」
「ところが結局、採算合わんようなってな。一ケ月後には店畳む羽目になりよってん」
「ははは・・・それは残念でしたね」
「最終日には、毎日来てくれとった近所のOLの姉ちゃんとかが、寄せ書きくれた言うて、えらい感動しとったわ。親父にはどやされとったけどな」
「良い人だったんだろうなあ」
キサンといい、その人といい、昨日僕に美味しいお好み焼きを焼いてくれたギョンスンといい。
僕はだんだん七海派や金虎の人たちが、憎めなくなってきていた。
ところが一方では、ギュハのような人もいるのだ。
在日高寧人である彼らと、同じバックボーンを持つ日本人留学生を誘拐し、非道な仕打ちを強いる。
そして彼を慕い、仲間であるヒデに暴力を振るってもいた。
美しい容姿を持ちながら、残忍な内面を併せ持つ・・・。
しかし、キサンの話ではヒデはギュハに拾われ、忠誠を誓っているという・・・なぜ彼のような男に。
逆にヒデに言わせれば、このキサンこそが『怖い男』になるらしいのだ。
こうして話しているかぎり、僕にはとてもそうは思えないのだが・・・。
「それはちゃうで嵯峨ちゃん」
苦笑しながらキサンが言った。
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