同時にチャンジンが僕の身体を抱き起こし床へ下ろすと、扉の前までベッドを動かし・・・何故か入り口を封鎖した。
そしてベッドへ腰掛け、体重をかけながらスプリングを軋ませると・・・。
「おおっ、たまんないねぇ、なんて締まりだっ・・・。これで処女じゃないなんて、信じられないぜ!」
突然そんな事を言いながら、さらにスプリング弾ませる。
セリフが極めて卑猥だったが、行動だけ見ると、馬鹿な子供だ。
「ひゃっ・・・ちょ、ちょっとっ・・・あん、や・・・やだってば・・・」
突然ジンソンに脇腹を擽られ、僕はのたうちまわりそうになった。
そして・・・。
「その調子、その調子・・・でももっと色っぽく頼むぞ、あともう少しだから」
「えっ・・・?」
耳元でそう囁かれ、ジンソンが似合わないウィンクをしてくる。
そしてさらにぐっと声を落として、こう言った。
「助けてやる。その窓から降りて、茂みのほうへダッシュしろ。林の中でクイーンが待っている」
「何言っ・・・んっ」
言いかけたところで、掌で口を強く塞がれた。
クイーン・・・一体誰のことを言っているんだ。

あんたのことはもう伝えてあるから、メールをすればクイーンが助けてくれる。

そう言えば、留学が決まったときに姉の渡月がそう言っていたのを思い出す。
言いつけどおりにクイーンへメールをしたが、結局返事は帰って来なかった・・・違う。
一日か二日はときおりメールをチェックしていたが、それ以降は僕がチェックするのを忘れていたのだ。
クイーン・・・一体、何者だったのだろう。
僕を助けてくれる人・・・まさか、そのクイーンがこの窓の下にいるというのだろうか。
口元の圧迫が緩む。
僕に抵抗の様子がないと知ると安心したのであろうか、ジンソンが大きく窓を開けた。
そしてレザージャケットのジッパーを下ろし、懐から棒状に巻いたロープを取り出して、片端を窓枠の金具に固く括りつけた。
その間もチャンジンがベッドをバウンドさせながら、奇妙な声をあげ続けている。
チャンジンの芝居は滑稽であるが、どうやらこの二人は本気で僕をここから逃がそうとしているようだった。
しかしギュハの話では、彼らは三頭会のメンバーであり、金虎は三頭会の庇護を受けている・・。
「どうして助けてくれようとするのです? こんなことがギュハに知れたら・・・」
「俺達のリーダーはミンジェであって、ギュハじゃない」
ロープが確り固定されているのを確認すると、ジンソンはライターに火を灯し、外へ向けてそれを大きく回転させた。
仲間へ合図を送っているようだ・・・クイーンに対してのものだろう。
「けれど、ギュハとミンジェは仲が良いんでしょう? だったらきっと・・・」
「坊やの誘拐はあくまで金虎が勝手にやったことで、三頭会は関係ない。もちろん彼らから商品を買い受けることはあるが、俺達に管理責任が発生するのは、あくまで商品を引き渡されてからの話だ。それまでは金虎内部の問題であって、俺達が干渉する義理はない」
商品というのは、誘拐して来た留学生の身柄・・・つまり僕のことだろう。
だがジンソンの説明は、ギュハと話していた内容と随分食い違いがあるように感じた。
「ちょっと待って、・・・けれど、さっきの話では貴方達と金虎の間では、すでに商談成立しているというか、僕を三頭会側へ引き渡すことで話がついていたんじゃないんですか? こんなことをすれば、貴方達がミンジェという人に・・・」
「だから、俺達の責任が問われるのは、引き渡しが完了してからの話・・・坊やは優しいんだな。けれど人が良すぎて、こうして少しの間話しているだけでも、心配になっちまう・・・クイーンが命を懸けて助けようとする気持ちが、なんとなくわかるよ」
そう言いながら、ジンソンがまたウィンクをして見せる。
癖なのだろう。
あまり似合わないその仕草は、ときめきとは程遠くて、どちらかと言えば笑いしか呼び起しそうにない。
そう思った瞬間、ふとある光景が頭に浮かんだ。

・・・嵯峨は気い付いてへんかも知らんけど、さっきから変な連中が付いて来よんねん。

「あれ、ひょっとしてトテナム・コート・ロード駅で・・・」
漸く思い出した。
初めてヒデに下宿まで送ってもらったとき、地下鉄の通路で僕らを尾行していた東洋人の二人連れがいたのだ。
一人は金髪で、一人はスキンヘッド。
そのときなぜかスキンヘッドの男からウィンクをされて、思わず噴き出し、ヒデから不審がられたのだ・・・。
あれがジンソンだ。
あのとき僕は、彼らが物取りか、あるいはヒデの言う通りに最近の誘拐事件を起こしている、犯罪組織の連中だろうと思った。
だが今はこうして、クイーンという人物の指示により、寧ろ誘拐された僕を助けてくれようとしている・・・。
それなら、あのときなぜ二人は僕らの尾行をしていたのだろうか。
そして、クイーンとは一体何者なのだ?
扉の向こう側から、激しいノックの音が聞こえて来た。
続いてギュハが開けろと怒鳴りだす・・・・どうやら企みがバレかけているようだった。
工作とも呼べないようなチャンジンの猿芝居では、疑われない方が不思議だろう。
それでも根気よく芝居を続けるチャンジンに、呆れるやら感心するやら・・・そう思い何気なく扉を見て、息を呑む。
ドシンという重い音とともにチャンジンが扉へ向けてベッドを立掛けたかと思えば、次の瞬間には鮮やかな手つきで拳銃に弾を装填し始めたのだ。
その間も、奇妙な声を絶え間なく上げ続けながら・・・。
改めて、彼らがマフィアと呼ばれる組織の一員であり、自分は事件のただなかにいるのだと思い知る。
脚が・・・震えた。
「ほら、早く行け・・・坊や!」
肘のあたりをぐいっと引っ張られてジンソンを振り返る。
「は・・・はい・・・」
ジンソンも片手に銃を持っており、万一に備えているようだった。
二人は始めから、ギュハ達と一戦交える覚悟で、僕を逃がしに来てくれたということだ・・・まともに会ったこともない、縁もゆかりもない筈の二人が、僕のために。
「手や足が滑らないように気を付けるんだぞ。下は土だが、あまり高いところから落ちたら、怪我をしない保障はないからな」
「気を付けます・・・あの、ジンソンさん。何とお礼を言ったらいいのか、本当に・・・」
「いいってことよ。それより、そろそろ限界みたいだ・・・ぼちぼち連中もチャカ持って乗り込んで来るだろうから、早く行った方がいい。降りたらクイーンに宜しくな」
「はい・・・あの、でも・・・僕、クイーンって人にまだ会った事がないんで、わかるかどうか・・・」
なぜクイーンは、僕のためにそこまでしてくれるのかも、よくわからない。
するとジンソンは目を一瞬丸くしたあと、可笑しそうに言った。
「こいつはいい・・・ま、行ってみりゃわかるよ。じゃ、気いつけてな! おらおら、どこ見て撃ってんだ!?」
ジンソンさんの姿が見えなくなったとほぼ同時に、頭上から怒号と、何発もの銃声が聞こえて来た。
それは、これまでに経験したことがなく、想像すらしたこともなかった恐怖であり、いつ自分が狙われるかもわからない、底知れぬ不安であった。
逸る気持ちで壁伝いに足を進めつつ、落ちないようにロープをしっかりと握りしめ、ただひたすら地上へ無事に辿りつけるように・・・そればかりを願っていた。
危険を冒して僕を助けに来てくれて、たった今まで僕が監禁されていた部屋で命の奪い合い繰り広げている、三頭会の二人の無事を祈る余裕など、どこにもなかったのだ。

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