**エピローグ 2**

8月10日金曜日の午後、ディーン・ストリート署から出て来ると、目の前に黒いベンツが停まっており、二人の男に出迎えられた。
「姐さん、おつとめご苦労様です!」
「貴様ら・・・」
スキンヘッドの男は洪景松(ホン・ジンソン)で、金髪の男は孫長慶(スン・チャンジン)・・・ともに清華(しんか)人で、三頭会(さんとうかい)の構成員だ。
ラーメン臭い白衣を着ているところを見ると、シノギの途中で抜け出してきたのだろう。
黒塗りベンツの前で、似合わないことこの上ない。
二人は顔を上げてニヤリと笑うと。
「ささ、アニキが待ってますんで」
そう言って俺の身体を車の中へ押し込もうとした。
「放せっ、殺すぞ! ・・・ひいっ」
その瞬間から伸びて来た手が、俺の脇腹にかかり、強引に中へ引きこまれる。
バタンと音をたてて閉じる後部座席のドア。
車は静かに出発してゆく。
行き先はピカデリー方面ではなく、チャリング・クロス・ロードの方向だ・・・三頭会の事務所だろう。
「往生際が悪いぞ」
「何の真似だ!? 誘拐か?」
「お前らと一緒にするな、道端で誘拐だなんて、そんながさつでショボイ仕事を、俺達がすると思うのか。助けてやったんだから、礼ぐらい言ったっていいだろう。命の恩人に少しは感謝しろよ」
「誰がお前に感謝なんて」
「いいのかそんな口を利いて。お前を生かすも殺すも、三頭会の胸一つ。・・・お前のタマは俺の手にかかっているんだぞ」
そう言いながらいきなり右手を股間に差し込まれる。
彼が迷うことなく手にしたものは陰嚢・・・それを強く握られて、肝が冷えた。
タマ(魂)と(金)タマをかけたつもりなのだろうが、男にとってはどちらを潰されてもタマらない・・・。
「ぐっ・・・!」
「さあギュハ・・・言う事はないのか」
「だったら、さっさと殺すなり、ドーヴァーへ沈めるなり・・・好きにすればいいだろ。どうせ金虎(きんこ)はもう解散だ」
「そらそうだろうな・・・七海派(しちかいは)もお前らには必ず落し前をつけさせるだろう。少しはキサンが会長へ口添えをしてくれるだろうが、当分は警察へもデカい顔ができない。・・・せっかく相談役だの顧問だの、怪しい肩書きを作って、わざわざ警察幹部を『セブン・シーズ・エンターテイメント』に天下りさせてきたってのにな、・・・それも随分と破格値の待遇だったそうじゃないか。そういう地道な根回しでどうにか保っていた警察との微妙な関係が、お前らごときのチンピラに台無しにされちまったんだ。あの会長が簡単に許すわけがないだろう・・・いくらキサンが間に入ってくれても、今回は難しいんじゃないのか」
「わかっている・・・キサンに頼るつもりはない。覚悟はしてる・・・」
「だが、場合によっては俺が何とかしてやれんこともないぞ。キサンは所詮七海派の幹部だから会長に刃向かうことはできない。だが、俺は違う・・・場合によっては、七海派を潰してでも、お前を守ってやろう」
「何だと・・・・・くっうぅ・・・!?」
肝の冷えるようなことを耳の近くで言われた。
背筋が寒くなり身を捩った拍子に、肩の傷がズキリと痛む・・・・。
俺に銃を向けた、弟分だと思っていた青年の顔が、・・・思い詰めたその目を見るのが辛かった。
ヨンムン・・・今でもお前は俺を憎んでいるか。
「・・・ギュハ、俺のオンナになれ」
口唇を耳に押し付けながら、ミンジェが言う。
鼓膜を直接震わせるような低い声に、性感が刺激されそうだった。
「誰がっ・・・やめっ・・・俺は男だ・・・はあっ・・・・んあっ」
陰嚢にかけていた掌が玉を優しく転がすように動く。
じわじわとした快感が腰の辺りを支配して、たまらない気分になってきた。
「強がっていられるのも、今のうちだと思うぞ・・・ギュハ・・・」
次に耳の中を舌先で擽られ、逃げようとすると、顎を捕えられて、強引に口唇を合わせられた。
そして口内に舌が入って来たかと思うと、何かが喉を伝い落ちて行く感触に違和感を感じる。
「んんっ・・・あ、あんた・・・今、何を・・・ああっ・・・んはっ・・」
首筋を舐められただけで、身体の芯からゾクゾクするような快感が沸きあがる・・・間違いなく媚薬を飲まされた。
「たしかに即効性だとは聞いていたが、効くのが早すぎるだろ・・・まだカプセルも溶けていない筈だぞ。・・・ということは、俺にこうされるのが、気持いいってわけだ」
「冗談じゃ・・・ないぞ・・・んっ・・・ああっ・・・」
ベルトを緩められ、強引な手付きでミンジェの手が下腹部をまさぐってくる。
下着の上からペニスを握られ、形をなぞるように指先をスライドされた。
布越しに軽く撫でられただけなのに、腰が浮き上がるような感覚が俺の神経を支配していた。
食道を通過しただけで、ここまで身体が敏感になる強烈な薬・・・、この後時間が経過するにつれて、自分が一体どうなってしまうのか、・・・・考えただけで恐ろしかった。
血圧が上昇し、もはや痛いほどに鼓動が早くなっているのがわかる。
こんなものが身体に良いわけはなく、使うほどに寿命を縮めるに決まっている・・・あるいは、行為中に心臓が止まる可能性だって充分にあるだろう・・・まあ、べつに長生きがしたいわけでもないが。
意識がぼんやりとして、目の前が霞がかかったように白くなる。
ミンジェの膨らんだ股間が視界に入り、そこから目が離せなくなった・・・早く、入れて欲しい。
「そんな色っぽい顔をするな。ルームミラーごしに見られてるぞ」
「えっ・・・」
フロントガラスに、先行車両の赤いブレーキランプが見えて、信号停止中なのだと理解する。
視線をもう少し上げると、長細いルームミラーを通して、ステアリングを握っているジンソンの、にやついたハゲ面と目が合った。
見られている・・・わかってはいるのだが。
「あ・・・はあん・・・お願い、もうっ・・・」
「もう・・・ここに太いが欲しいのか? 女みたいな声を出して、男の物を強請るなんて、呆れた淫乱だな」
股間に入れられていた手が深く滑りこみ、奥にある窄まりを指先で何度か押される。
下着ごしに圧力を加えられる感覚がもどかしく、直接触れてほしいと・・・太くて熱い楔を、奥まで埋め込んで欲しいと思っている自分がいた。
人目を引くポップなポスターが、古い煉瓦塀に宣伝されている、パレス・シアターの美しい伝統建築。
その手前でシャフツベリー・アベニューは、中央分離帯によって複雑にレーンが区分けされ、歩行者の切れ目を縫うように、車両がのろのろと少し動いては、またすぐにブレーキを掛けている。
信号待ちかと思えば、歩行者用のシグナルは赤のままだ。
どうやらせっかちな歩行者のせいで、車が足止めをされているらしい。
倫敦(ロンドン)市内のいたるところにある交差点で、よくみる光景だった。
「や・・・あぁっ・・・」
シャツが捲り上げられ、尖りを口に含まれる。
「勃起してるぞ」
揶揄うような声すらも、興奮を高める燃料にしかならなかった。
甘噛みされ、強く吸い上げられるたび、たまらず仰け反りながら、声を出してしまう。
下着越しに触れていた指先が少し動いて、掌が尻をまさぐり、布の端から中へと侵入してきた。
「あん・・・もっと・・・奥・・・」
「おい、はしたないぞ」
ミンジェが苦笑する。
車の振動を感じて、ぼんやりと瞼を開けると、ゆっくりと交差点へ入って行くようだった。
大きなビルの広い影を通過する途中、うっすらと車窓に映り込んだ己の顔と目が合う。
痴れた顔・・・母と何も変わらない。
そう思った。



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