翌朝、目覚ましのおかげで8時に起きた。
シャワーを浴びて準備を済ませ、朝食をとりに地下のラウンジへ向かう途中、携帯がメールを着信した。
見ると兄貴からで、大使館までの交通経路を知らせてくれたようだ。
加えて、俺がこれから飯を食って出て行くと、丁度良さそうな電車の時刻までピックアップして書いてある。
用意周到すぎる兄のお節介に苦笑して、クロワッサンとコーヒーにフレッシュジュースという、シンプルな朝食を食べている途中、そういえば昨夜、自分では目覚ましをセットした記憶がないことを思い出した。
ということは・・・・。
「どこまで過保護なんだ」
30分後、俺は最寄の東駅から、言われた通りの電車に乗り大使館へ行くと、パスポートの再発行手続きをとろうとした。
しかし再発行には2週間以上もかかると係員から説明され、代わりに「帰国のための渡航書」を発行すれば2〜3日で済むと知って、そちらを発行してもらうことになった。
その場合、帰国後すぐに、改めて再発行手続きが必要になるらしい。
ホテルへ戻り、すぐに着替えてまた部屋を出ると、フロントでタクシーを呼んでもらい、今度は式場へ向かう。
市内は相変わらずの渋滞だった。
車はノロノロと走ってはすぐに止まるという動きを繰り返し、忌々しい気持ちで通り脇に幾つも見える赤い「METRO」の表示を眺めていた。
自分が悪いのだから仕方がないが、当初は市内の渋滞を避けて地下鉄で移動する予定を組んでいたのだ。
パリ市内が常に渋滞していることは、ガイドブックにだって書いてあるし、何より地下鉄の方がうんと安く済む。
だが駅に到着してから、地図片手にのんびり迷っている時間はもうなかった。
「バイト先のお土産はランク下げるしかないな・・・」
しかしこの渋滞だと、タクシーで目的地へダイレクトに運んでもらっても、間に合うかどうかは際どい。
やがて前方に凱旋門が見えて、車はエトワール広場の有名なロータリーをグルリと回り始める。
そしてどこかの通りに抜け出ると、目的地へ向かってまた進んで行った。
コートは着ていたものの、下に礼服が見えていたためか、気を利かせてくれた運転手は、大学の敷地を更に走りチャペルの前で下ろしてくれた。
おかげで、遅刻ぎりぎりで間に合った。
チャペルの入り口には両親が揃って待っていてくれた。
親父は何と、紋付き袴である。
ワンピース姿のお袋に合わせるという気遣いはないのだろうかと、少し呆れた。
律子さんのご家族も傍にいる。
先に新婦側の親族へ挨拶をすませ、次に親父とお袋の元へ向かった。
「あんた、大丈夫なの?」
どこまで兄貴から聞いていたのか、顔を見るなり心配顔で尋ねてきたお袋に、大使館で手続きをすませた旨を説明したが、その間むっすりとした顔で話を聞いていた親父に気が付き、後で絞られる覚悟を決めた。
まもなく挙式開始の時間となり、俺たちは教会の中へ入ろうとした。
だが、後ろから何かあったのかと尋ねてきた律子さんのお母さんへ、お袋がご丁寧にも知り得た限りの事の顛末を話し始めて、容赦のないその内容に少し焦る。
逃げるように俺は早足で信者席へ向かい、先に席に着いた。
しばらくして挙式が始まった。
式は感動的だったのだろうが、覚えているのは自分の足元ばかりだ。
一刻も早く終われよと、心でひたすら願っていた。
何度も隣のお袋が、俺を肘で突いてきた。
挙式が終わってチャペルを出てみると、外にはすっかりパーティーの準備が整っていた。
記念撮影を済ませ、業者の人に案内されて一旦席へ座らされたが、基本的には立食パーティー形式のようだった。
着替えが終わった兄貴達も、一通りのテーブルへ挨拶をすませると、すぐに大学の仲間達に取り囲まれて和やかな雰囲気になっていた。
親父たちは席についたまま、挨拶に来てくれた律子さんのご両親と話をしている。
どうやらあちらのお母上とお袋が、俺の話で再び盛り上がってしまったらしい。
いたたまれず皿をとりに行く振りをして、さりげなく席を立つ。



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