「どういうことか、説明してもらおうか」
すでにパーティーは終わっていたらしく、タキシードのジャケットを脱いでネクタイも外していた兄貴は、問い詰めるような口調で俺に聞いてきた。
姿が見えない俺を心配して探していた時、どうやら言い争う声が湖から聞こえて来たらしい。
いつから見られていたのか。
「俺から説明するよ」
日本語の会話だったにも関わらず、意味が判ったということだろうか?
ルシュディーが英語で話に割り込んできた。
「君は黙っててくれないか」
それが気に入らない兄貴が、やはり英語で言い返す。
突き放したような兄貴の言葉に一瞬顔を歪ませて押し黙ったルシュディーが、逆光が見せた錯覚のせいかとても傷ついているように俺には見えた。
しかし話を続けるルシュディーの声は、至極冷静なものだった。
「だって彼は言いたくなさそうじゃない。・・・それに俺にも言い分はあるしね。一方的な彼の話だけ聞かれても、困るって言っているんだよ」
自分の発言の正当性を主張すると、ルシュディーはまず自己紹介をして、自分が律子さんに招待されているパーティーの出席者であり、この大学の聴講生であると身分を明かした。
そして昨夜、空港からホテルまで俺を送り届けた後、後部座席で下に落ちていたパスポートを見つけて、すぐにホテルへ引き返したが、俺が宿泊しておらず、パスポートを返却出来なかったことを説明した。
ちなみに空港へは、母国へ帰省する姉夫婦の見送りに行っていただけで、彼はタクシー運転手などではないらしい。
ホテルを間違えたことについては、彼もパスポートを届けようと戻ってきたときに気がついたようで、改めて謝ってくれた。
「嘘・・・」
「そう思うのは君の勝手だけどな。・・・あ、ハイこれ。悪ふざけが過ぎたようで、すまない」
そう言ってようやくパスポートを手渡された。
あんな真似をされたから俺はてっきり水面に落とされたかと一瞬焦ったが、パスポートは船底に落ちていた。
「ありがとう・・・」
しかしこうして改めて話を聞くと、辻褄が合っているだけに俺には反論しようがなかった。
ホテルを間違えたことも、タクシー運転手でないなら責める理由がない。
要するに、彼は最初から好意で俺を乗せてくれただけだったということだ。
「しかし、それならすぐに警察へパスポートを届けるのが筋だろう。やはり君の話を鵜呑みにするわけにはいかない」
「今日ここへ来れば会えることが判っているのに、かい?」
「どうしてそんなことが判る?」
「そりゃアンタの弟に聞いてみたらどうだ?」
「話したのか?」
「うん・・・」
「それは、この挙式が特定できる程度にか?」
「大学のチャペルっていうことと大学の名前と・・・あと新婦が日本人だってことと、16区っていう地名ぐらいかな・・・」
「16区は地名じゃなく区画だが・・・つまり、この挙式でしかありえないってことだな」
「アンタら兄弟揃って、どんだけ猜疑心が強いんだよ・・・」
「それでは、さっきの揉め事は一体何んだ? なぜ弟は君から逃げようとしていた?」
「そりゃあ・・・」
ルシュディーが俺に視線を送ってきた。
さきほどまで、すらすらと兄貴の尋問に答えていたが、これはさすがに俺への配慮が勝つらしい。
そしてこの質問により、どうやら兄貴に、決定的瞬間を見られたわけではないことが判って俺は安心した。
しかし、この沈黙がろくな想像を掻き立てはしないことも明白だ。
気まずいムードが漂い始める。
何を言えば良いのやら・・・。
「あら、そこにいたの!?」
チャペル側から声が聞こえたかと思うと、すっきりとした黒いパンツスーツに着替えた律子さんが、こちらへ手を振って走ってきた。
「律子・・・」
「騏一郎さん、早く行かないと会場に遅れるわよ。敬くんも、お義母さんたちが探してたわよ。・・・あら、ルシュディーじゃない! 来てくれてたの?」
「律子、結婚おめでとう。さっきのドレスも素晴らしかったけど、今も綺麗だね」
「まあ、ありがとう! あ、紹介するわ騏一郎さん。彼がルシュディー・シャレフ君よ。覚えてないかな・・・私のアパルトマンの上の階に住んでいた・・・」
「ああ、さっき彼から聞いたよ。ここの聴講生だろ?」
「なんだ、もう話したんだ? やだ、男同士ってすぐに仲良くなっちゃうのね・・・ふふふ」
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