「い・・・痛いって・・・」
便座に腰を下ろした状態の俺は、正面へ屈み込むように蹲っているジョニーに、脚を押さえられ、太ももにずっと氷を押しつけられていた。
氷は既に3個消費している。
彼が手にするブロックアイスは、山盛りになっているグラスから取り上げられているとはいえ、常温に置かれているものだ。
だから交換するたびに、僅かずつ溶けて小さなものになってはいるのだが、ずっと連続して同じ場所へ押しつけられるため、だんだんと患部が鈍い痛みを持つようになっていた。
「畝傍、もう少しだけ脚を広げてくれるか、奥の方まで赤くなっている」
「ちょっと・・・いいって、そっちは・・・」
火傷になっていたのは右脚。
だが、俺を座らせておくために左脚に置かれていた掌へぐっと力を入れて脚を開くと、ジョニーは氷を滑らせるようにして、内股の皮膚を刺激してきた。
「やっぱりここも、真っ赤になってるじゃないか」
そう言いながら氷は円を描くように、敏感な皮膚を這い回る。
つうっと滴が脚を伝って、便器へ流れ落ちていった。
左脚を押さえていたジョニーの掌が少し動き、微妙に指先の位置が変わった。
下着の裾から内側へ人差し指が入り込み、親指が足の付け根に触れてきた。
「つっあぁ・・・!」
思わず声が出てしまい、俺は慌てて口を押さえる。
「悪い・・・痛かったか?」
真顔で聞かれて、ますます気不味くなる。
「いや・・・そうじゃないけど・・・」
ジョニーの掌は、俺の太股に触れたまま。
右脚に置かれた手も、早くも4つめの氷が完全に溶けて、彼の冷たい手が直接触れている。
「痛くないなら・・・一体どうしたんだ、畝傍? ・・・ひょっとして」
掌がするりと動き、指先が付け根を微かに撫でた。
俺は堪らず立ち上がる。
「も、もういいから・・・・」
「畝傍・・・!」
急いでジーンズを上げ、ジョニーを押し退けると、俺はトイレから出て行った。
どちらへ戻ろうか散々迷ったが、悩んだあげく、俺はさらに席を変わることにした。
ジョニーに悪気があったわけではないことは、わかっていた。
元々火傷を負ったことも、彼に非はなくて、俺の不注意が原因だ。
それを彼は癒やしてくれようとしただけで、実際氷で冷やしたお陰で、悪化することもなく、間もなく痛みは治まっていた。
俺は寧ろ、ジョニーへ礼を言うべきなのだろう。
だが、あんな姿を見られて、何より俺は、彼の指に反応してしまった。
まだフライトは先が長いというのに、これ以上一緒にいて、どんな顔をすればいいのかわからなかった。
客室を変わったせいか、幸いこれ以上ジョニーが追ってくることはなさそうだった。
しかし一旦火が付いた身体の神経は、なかなか収まるものではない。
「まずいな・・・」
とにかく寝てしまおうと思い、乗務員からブランケットを貰うと、俺は無理矢理目を閉じた。
余計なことは考えまいと思いつつ、目を閉じれば浮かんでくるのは、性行為のときの明日香の顔。
これは一度、抜かないとどうしようもないのだろうか・・・そう思いながら、何度か寝返りを打ってみたが、到底寝付けるものではない。
気晴らしに映画でも見ようかと思い、適当にチャンネルを動かしてみる。
「おっ・・・、懐かしい」
不意に見覚えのあるキャラクターを見つけて手を止めた。
それは子供の頃に深夜の公共放送で見ていたアメリカの人形劇で、恐竜のホームコメディ。
人間臭い恐竜たちが出てきて、環境問題だのセクハラだの、やけに社会派の問題を取り扱うシナリオだった。
しかし、基本的には子供向けなので、毎回ハッピーエンドで終わっていた筈だ。
最終話を除いて。
「結局、氷河期がやってきて絶滅しちまうんだよな、これ・・・・」
恐竜が主役なだけに、当然といえばそうなのだが、なんだかとてもやるせなかった記憶がある。
前席の背もたれにとりつけられた小さなモニターでは、名前も付けられていない小さな赤ちゃん恐竜が、大いに暴れ回っていた。
可愛らしい外見とは裏腹に、こいつが非常に最悪なキャラクターなのだが、終焉を知っていると憎む気にはなれなかった。
途中で夜食のワゴンがやってきて、カップラーメンを食べながら、恐竜一家を最後まで見る。
続いて、いかにも主婦向けな東亜流恋愛映画が始まり、冒頭の10分で飽きてしまったので、チャンネルを変えた。
だが、どのチャンネルも同じような映画しかやっていなかったため、映画視聴を諦めて音楽に切り換える。
「っておい・・・、どうなってんだこれ? 」
なんと、音楽チャンネルもどういうわけか、東亜流行歌謡、略してEA−POPしか流れていない。
「なんだよ一体これは、電波ジャックか? 某国政府ブランド委員会による国策洗脳計画か? どういう黒い金の流れがそこにあるんだよ!」
・・・とまあ、そこまで怒る話でもないため、さっさと無駄な電力消費を中止して寝ることにした。
電波ジャックなら、ハイ・ジャックじゃないだけましである・・・飛行機なだけに。
ひとりで、笑ったり怒ったりしていたら、それなりにカロリー消費をしたせいか、(途中でラーメンを食ったりもしたが)間もなく睡魔がやってくる。
最後に見た当亜流映画を思い浮かべていた。
当亜流に興味はないが、あの映画だけは知っていた。
大ヒットしていたというのもあるが、高校の頃に見たAVが、まるきりその映画のパロディだったのだ。
某国ブランド委員会が知ったら大クレームになりそうな話ではあるが、その映画を見ていた友人の香具山志都美(かぐやま しづみ)にとっては、爆笑モノだったらしい。
見ていない俺でも結構笑える内容だったが、AVとしても相当に濃い内容だった。
抜きどころという点では、その時に一緒に借りた制服シリーズの方が多かったが。
確か客室乗務員が次々と乗客にやられる内容で、機内サービスと称して咥えて貰ったり、トイレでやったり、果ては朝焼け大パノラマを背景にしたコクピットでやったり・・・・一体あれは、どうやって撮影したのか、さっぱり謎のスペクタクルな映像だった。
しかし緊縛あり、複数名あり、もちろん本番ありの濃厚プレーの連続で、悪友からDVDを取り上げて、その後何度お世話になったか分からない。
この制服シリーズは俺も一応知っており、結構マイナーなメーカーから出ていて、知らない女優ばかりだったためノーチェックだったのだ。
当然俺は、すぐに認識を改めた。
だが、間もなくそのメーカーが倒産し、何があったのかしらないが監督は業界から姿を消してしまう。
あれほどの名作を残しておきながら、実に残念でならない出来事だった。
大学へ入りバイトで金を貯めて、後追いながらそれ以前の制服シリーズについても一応揃えてみたが、どれもありきたりな内容で、スチュワーデスモノがいかに希少な存在だったのかが、窺い知れる結果となっただけだった。
あのとき、迷わず悪友からDVDを取り上げておいて、本当によかったと俺は思った。
・・・まあ、半年に1度ぐらいのペースで、返してくれと、今でも催促メールがやってくるが。
「やべ・・・・」
懐かしい人形劇と、理不尽な機内電波ジャックへの憤慨で、せっかく収まっていたものが、余計なAVのシーン回想などをしていたために、また目を覚ましかけていた。
ブランケットを引き上げて、寝返りを打つ。
だが妄想はエスカレートするばかりで、もはやAVの映像しか思い出すことができなくなっていた。
トイレで制服を乱され、厳つい男に襲われる光景を思い浮かべる。
黒いストッキングを破かれて、スカートが捲れ上がり、ブラウスの前をはだけた女優が、後ろから男に攻められている。
頭の中で繰り広げられた煩悩一色の光景は、いつしか男の姿がジョニーと重なり、どういうわけか自分は、女優とすり替わって、気が狂ったようなあえぎ声を上げながらよがっていた。
「あ・・・んんっっ・・・」
氷を持ったジョニーが、トイレで俺のジーンズを下ろし、敏感な足の付け根を刺激していた。
冷たい刺激が内股を伝いあがり、触れるか触れないかのタッチで股間の神経を呼び覚ます。
そちらへ気を取られているうちに、反対の手の指先が下着の隙間からスルリと入ってきて、直接俺の性器に触れた。
「はぁ・・・んんっ!」
指は俺のペニスを焦らすように愛撫し、氷は相変わらず足の付け根を這っている。
どうやら俺は、ここが弱いようだった。
「やっぱり感じてたんだな・・・この染み、今出来たもんじゃないだろう?」
耳元で囁かれ、鼓膜を揺るがす低いその声音にすらも俺は感じていた。
「あぁ・・・ああん・・・」
「一度抜いちまった方がよさそうだな・・・よし、あまり声を出すなよ」
そう言うと、俺は何かに口を塞がれ、息苦しさで漸く目を開ける。
そして、自分の口が、顎ごと押さえつけるような強烈な力で圧迫されていることを知り、次の瞬間下着をずり下げられる感触と、剥き出しになったペニスを握り締められ激しく擦り上げられたのがわかった。
「むぅ・・・んんっ、んんんんんっ・・・・んふうっ・・・!」
一気に追い詰められるような強烈な快感が、身体を駆け上ってくる。
出る・・・そう思った瞬間、口元の圧迫がなくなって、ペニスが生暖かい粘膜に覆われるのを感じた。
自分の射精が、誰かの喉の奥へと吸い上げられているのがわかる。
「んん・・・ん・・・・」
くぐもった声が股間に顔を埋める人物から聞こえた。
「はあ・・・んっ・・・・ふ・・・・ん・・・」
俺は自分の掌で口元をおさえ、必死に声を耐えていた。
なかなか射精は止まらなかった。
考えてみれば、このところ自分で全然抜いていなかったなぁ・・・などと、ばかげた考えが頭を過ぎった。
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