成美の部屋へ入ると電気を点けて室内を見渡す。
カーテンの掛っていない窓に辞書や参考書ばかりが並んでいる本棚。
隅にノートパソコンを寄せてある勉強机に、きちんと布団が畳まれたベッド。
閉じているクローゼット。
以上。
我が娘ながら、住人が女子中学生とは思えないほど可愛げのない部屋だ。
「刀か・・・」
娘は刀を何本か持っているが、刀ケースは一つきりだ。
ベッドの足元に立ててある刀の中には、それらしき派手な物がない。
とすると、机の横で壁に立てかけてある黒い刀ケース・・・あれがそうだろうか。
ケースを手に取って見る。
ポケットに入っている名札は案の定、谷崎太一と書いてある。
筆ペンもしくは細筆で書かれた非常に綺麗な筆跡だった。
念の為にファスナーを開けて、刀を取り出す。
黒い鞘に水色の柄巻き・・・予想以上に明るい色だ。
そして原色に近いトーンの赤い下げ緒。
どう見ても婦人向きに見えるが・・・しかし、刀の丈が身長150センチ未満の成美が使っているものよりかなり長いし、重さも違う。
彼の物で間違いないだろう。
ファスナーを閉めると私はその刀ケースを持って、早速本人に知らせてやる為、部屋を出ようとした。
「・・・おや?」
足元に何かが落ちて来る。
刀ケースで引っ掛けたのだろうか。
「机からか・・・?」
茶色いカバーを掛けたB5サイズの大ぶりな手帳だった。
元に戻そうとそれを拾い上げ、意図せず、中に書かれている文字が目に入る。
・・・成美の日記?
ページを開けた状態のまま、恐る恐ると机に置いて眺めてみた。
ボールペンで書かれている丸っこい字は、間違いなく娘の筆跡だ。

 11月22日 日曜日
 昇段審査会。

これは先月書かれたものだろうか。
最初のページへ戻ってみる。

 10月1日 木曜日
 帰りに霧(きり)ちんの家でやっとCDを借りられた。
 本編は原作に忠実だったが初回特典のフリートークがなかった。

霧ちん・・・ああ、成美のクラスメイトの新川(しんかわ)さんのことだろう。
少しボーイッシュで気が強そうな子だが、中々の美少女だ。
フリートークとは、はて何んだろう。
音楽ライブCDにおけるMCのことだろうか・・・初回特典でそんなものがオマケで入っているということか?
ああいうものはライブ中に聞くから楽しいのだろうに、随分と奇妙な編集をするものだ。
しかし原作に忠実というのはどういう意味だ・・・?
カバー曲ばかりが入っていたのだろうか・・・。
それにしても1ページ目が10月1日で、ほぼ最後のページまで書いてあるとは、成美は随分とマメに日記を付けているようだ。
私は刀ケースを机の横に立てかけると、暫しその10月1日の日記を開いたまま、じっと紙の表面を見つめてみた。
これは親として、やはりやってはいけないことなのだろうと思う。
しかし、あの谷崎太一という少年・・・必死に成美とは何でもないという振りを装ってはいたが、ひょっとしたら彼について何かが判るかも知れない。
そもそもあの少年はあまりにオドオドとしすぎている・・・たかが刀を間違えて持って帰ったぐらいで、あの怯え方はやはり不自然だろう。
しかも話を聞けば、彼は何も悪くはないではないか。
きっと成美に気があるから、父親である私が出てきて焦ったに違いない。
成美はあの少年のことをどう思っているのだろう。
仮に成美が相手にしていなくても、ああいうタイプの少年なら一方的に成美をつけ狙っているストーカーという可能性だってある。
成美は私に似て、器量は良い方だから、そういう手合いがいても可笑しくはあるまい。
痴漢撃退アラーム付きのペン型レコーダーを彼女が持ち歩いているのも、実はそういう不安があるからと考えれば納得がいくではないか・・・。
そうだ、親として娘の身の安全を守る為に情報を収集するということは、当然の保護心理であり義務だろう。
けして興味本位で日記を見ているのではない。
心配だからだ。
さて、もっと読んでみよう。
ページを1枚捲る。

 10月15日 木曜日

1枚捲って15日?
前言撤回。
日記の存在を、この間に殆ど忘れかけているではないか。
・・・それでは一体、何をこんなに沢山書いてあるというのだろうか。
続きを読んでみる。

 10月15日 木曜日
霧ちんの家でCDを借りた。

またCDか。
この新川霧という子は、そんなに成美と音楽趣味が合うのだろうか。
それにしても成美が誰かのファンだという話を、まったく聞かないのだが・・・今度何を聞いているのかそれとなく聞いてみようか。
女の子なら好きなアイドルのポスターの一枚ぐらい、部屋に貼ればいいだろうに。
それとも意外とロックあたりを聞いていたりするんだろうか?
CDラックを探してみる・・・・CDラックがどこにも見当たらない。
全部この子に借りて、パソコンに落としているのだろうか?
CDを買うお小遣いぐらいは与えているつもりなのだが・・・まあ倹約するのは悪いことではない。
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 10月15日 木曜日
霧ちんの家でCDを借りた。
受けの声が好みじゃなかった。
でも対決シーンは多くて良かった。

対決シーン?
これも音楽用語か何かか?
それとも音楽ではないのだろうか・・・それに受けとは何だ?
声というからには、人間が作りだす音の何かなのだろう・・・女子中学生たちの間で流行っている隠語の類だろうか。
15日の日記はこれで終わりだった。
1日に続いて文章量が少ない。
大したことを書いてもいない。
甘酸っぱい女子校生活の汗と涙も感じられない。
第二次性徴前の少女の秘密があれこれ書いてあるわけでも・・・いや、そんなものをけして期待しているわけでは断じて絶対にない。
成美は一体何の為に日記なんて・・・おっと、ようやく長文を発見した。

10月25日 日曜日
久しぶりに朝倉さんが稽古に来た。
納刀が上手くなっていた。

朝倉光政(あさくら みつまさ)か・・・彼とは昇段審査会で会って以来だが、黒の紋付袴姿も匂い立つほどの美人ぶりだった。
あの日は美子に頼まれて成美の演武を記録しに体育館へ付いて行ったが、ついでに隠し撮りしておいた朝倉のビデオが、現在書斎のノートパソコンに保存されている。
私のパソコンだから大丈夫だとは思うのだが、念のために隠しファイルにしてパスワードも設定しておいたから、管理は万全だ。
深夜に疲れて帰って来たときなど、仕事をしている振りをしながらイヤホン装着でこっそりと視聴し、彼の袴の紐をハラリと解いて細腰の帯をするする緩め、黒の紋付と襦袢をこの手で着乱れさせながら色っぽく喘ぐ彼の痴態を想像する・・・それだけで長時間労働の疲れぐらいはあっという間に吹き飛んでしまうというものだ。
・・・あとで2倍に疲れるが。
先週末の朝、義父と娘のいる前で、最近ティッシュの減りが早いと美子がボヤいていたのを聞いたときには、肝が氷点下ぐらいまで冷えた。
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先生は今日から受け流しをやっている。
流れを覚えるのは相変わらず早いけど、集中力が続かない。
とくに朝倉さんが来ている日は酷い。
いつも橘(たちばな)さんが朝倉さんと喋っているから、それが気になるみたいだ。
朝倉さんが気になるのか、それとも実は橘さんだったりして・・・ってオヤジ受けかいな!

先生というのは、あの青年のことだろう。
前波影範(まえば かげのり)・・・と言ったか。
橘とは誰だろう・・・オヤジ受け?
また受けなのか?
居合用語か?
ではオヤジ受けとはどういう業なのだ?
地震、雷、火事、親父という古来伝わる怖いものの代名詞があるように、強力な親父の鉄拳を思わせる恐ろしい打撃技なのか・・・剣術にそのような攻撃があるとも思えないが。
大体、それでは文脈が繋がらない気もする。
そもそも日記で一人ボケツッコミをしているのは何故だ?
まだ続きがある。
25日はかなり長い。

居合の後、塾に行った。
霧に今日の事を話したら、それは先生が受けだからだと言った。
いや、どう考えても受けは朝倉さんで先生は攻めでしょ。
だがこのところCDを借りてばかりなので、たまには霧の要望に答えてみようと思う。

今度は攻めと来た・・・やはり居合用語だろうか。
組太刀か何かに関連する言葉なのだろうか。
やはり成美はこの霧という子から一方的にCDを借りているらしい・・・小遣いを増やしてやるべきなのだろうか。
そしてCDの礼として、どこにその内容が書かれているのかは不明だが、要望とやらに答える気になったらしい日記の続き・・・
「これは・・・・」
小説だろうか?
しかしその内容に、私は目を疑わざるをえなかった。



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