前波に連れてこられたのは駅前の商店街にある一軒の居酒屋だった。
「とりあえずビールと・・・・何にしようかな」
「ここ、煮物系が結構美味いですよ」
前波に勧められて、筑前煮ときんぴらごぼう、それと海老餃子、キュウリとささ身の梅肉和えを注文した。
「よく来るのか?」
「たまにですね。バイトの帰り、遅くなったときにメシ食ったり」
「なんだ、作ってくれる彼女とかいないのか?」
人の事は言えないが、茶化してやる。
「・・・・またそういうことを言う。いませんよ」
前波がちょっと拗ねた。
「いや、だってお前いかにもモテそうだから。意外だな」
180センチ以上はありそうなスラリと高い身長に、甘いマスク。
明るく優しい、真面目な性格。
これでモテないわけがない。
士英館でも女性陣への受けは、圧倒的に良い。
「朝倉さんほどじゃありませんよ」
「よく言うぜ。俺なんか全然女にモテないぞ。お前、実は塾でもしょっちゅう女子生徒から告白とかされてるんじゃないのか?」
「生徒と個人的な付き合いはしませんよ。クビになりますから」
「告白されてるんだな、やっぱり・・・」
まあ、そりゃあ前波みたいな若いイケメンの講師が教室にいたら、一人や二人そういう女子生徒が出て来ないわけはないだろう。
判ってはいたが・・・実際に認められると、なんだかあまり面白くはなかった。
「もう、朝倉さん酔ってるでしょう?」
「酒飲んでるんだから、少しぐらい酔ったってべつにいいだろう」
「それはそうですが・・・というか、お酒結構弱いんじゃありませんか。まだ中ジョッキ半分しか空けてないのに。大丈夫ですか?」
「大丈夫だっての、そこまで酔ってないから。・・・なぁ、今まで何人ぐらいに告白されたんだ?」
「またその話ですか。どうだっていいでしょう、べつに生徒と付き合ったわけじゃないんだから」
「一人ぐらいいいなと思う子、実はいたんだろ?」
「いませんよ、ほらぁ俺のことはいいから。朝倉さんこそどうなんです?」
「だから俺は女にモテないって。背は170ちょっとしかないし、顔は女みたいだし」
「ご自分で気づいていらっしゃらないだけでしょう。士英館でも怪しいもんですよ」
「おいおい、何言い出すんだ・・・あそこ俺とお前除いたら、オジサン、オバサンとガキばっかりじゃないか。それにオバチャン連中だって、お前や橘さんにチヤホヤしてる人は多いけど、俺にはオッチャンぐらいしか声かけてこないぞ」
あとはしごきにくる成美ぐらいだ。
「気付いていらっしゃらないならそれでいいですよ。俺もできれば教えたくはないですから」
「気になる言い方するなよ・・・」
というか、あれ? なんか前波、怒ってる?
「すいません・・・俺、そろそろ帰ります」
前波が立ちあがった。
椅子を引きながら吐いた溜息が、わざとらしい。
「まだ、残ってるじゃないか」
「なんかちょっと酔ったみたいなんで」
前波のビールも半分以上残っていた。
美味しいと言っていた煮物も手つかずだ。
だいたい、全然酔っているようには見えない。
「・・・なんか俺、お前を怒らせたか?」
「そんなことないです。俺がガキなだけですから・・・朝倉さんは全然悪くありません」
やっぱり怒らせたんじゃないか。
「気分悪くさせたなら謝る・・・」
「どうか気にしないでください・・・俺こそすいません。でも本当、今日はもう・・・」
そういうと前波はレシートを握りしめて本当に帰ってしまった。
「学生に奢らせてしまった・・・」
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