翌週の日曜日。
俺は城東電機の社長に会いに行った。
金曜の晩、鴻巣社長直々に予定が埋まったと担当の二宮へ電話が入り商談は一旦流れていた。
少し落胆したものの、時間が空いたなら試し斬りに行こうかと、居合の準備をしていたところへ、今度は携帯に電話が入り、急に予定が空いたから是非会いたいと社長が言ってきた。
確かに名刺で俺の携帯番号も伝えてはいたが、メインの担当者は二宮になっているので、まさか社長から俺に直接電話が入るとは思っておらず大いに焦った。
「二宮君には先ほど電話を架けたが、どうやら既に予定が入っているみたいでね。しかし私もなかなか時間の都合がつかないし、今日を逃せばまたいつになるか分からない。急で申し訳ないが、朝倉君だけでも来てくれないか」
確かに二宮は、この機会に実家へ帰ると一昨日言っていた。
俺はどうしようか迷ったが、先輩に頼らず成果を上げてみたいという欲もあった。
そして俺は一人で社長の申し出を受けることにした。
「畏まりました。では、いつごろそちらへ伺えばよろしいですか」
「いや、うちじゃなくて今から言う場所へ夜来てくれないか」
店の名前は『Pina Colada』。
海浜公園にあるシティホテルのラウンジだった。
俺は急いで城東電機の資料へ目を通し、スーツに着替えてマンションを出た。
臨海公園駅でバスを待っていると、携帯のバイブが鳴った。
前波だった。
彼とは先週の稽古のあと、居酒屋で別れたきり話していない。
気になったが、出ようとしたところへバスがやってくる。
「クソ・・・」
仕方なく俺は通話終了ボタンを押してコールを切った。
『ピナコラーダ』は最上階にあった。
照明を落とし、海を望む高層ホテルの立地条件をフルに生かして、夕景、夜景を見ながら酒を楽しむ、静かなラウンジといった印象だ。
間違っても男同士のビジネスで来たいような店ではない。
「まあ、先方のご指定だから仕方ないか・・・」
大方、近くで用があったのだろう。
しかも予定が結構押しているようだった。
時刻は9時10分。
遅めの約束時間を、すでに40分回っている。
携帯が鳴った。
「朝倉君かね」
「あ、社長・・・今、どちらに・・・」
俺は待ち合わせのロビーを見回した。
「既に店に入っているから、君も来たまえ」
そう言って電話が一方的に切られる。
俺は慌てて高速エレベーターへ向かった。
約束のロビーを素通りして、先に店に入っているとは、どういうことだろうか。
いずれにしろ、よもや見逃すなんて失態だった。
ラウンジへ着いてみると、鴻巣は窓際のテーブル席に座っていた。
先に一人で始めている。
俺は小走りにテーブルへ向かった。
「お待たせして、大変申し訳ありません」
「構わんよ。こっちが勝手に誘ったのだし、遅れたのも私のほうだろう・・・座りたまえ。堅苦しく考えなくていいよ」
「失礼いたします」
俺は手前の椅子へ腰を下ろす。
すぐにウェイターがメニューを持ってきた。
「朝倉君は、ひょっとして食事はまだかね? ここは料理のメニューも充実しているから、何か頼むといい。今日のところは私の奢りだ」
「いえ、そういうわけには・・・」
テーブルを見ると、鴻巣は酒の他に軽いつまみ程度のものしか並べていない。
時間も時間だから、恐らく食事は先にどこかで済ませてきたということだろうか。
俺も同じものを頼んだ。
「楽にしてくれていいよ。無理に君を誘いだしたのは私だ」
「ありがとうございます」
恐縮しながら向かいの席を見ると、鴻巣は柔らかく笑っていた。
少しホッとする。
間もなくオーダーが運ばれてきた。
「今日のところはゆっくり話でもしよう。付き合ってくれるね」
「はい」
ひとまず乾杯した。
大きな窓から目に入る夜の海は優美だ。
こんなところで酒を傾ければ、あっという間に雰囲気へ呑まれそうだった。
なぜだか前波が気になった。
彼はどうしているだろう。
切られた電話を、彼はどう思っただろう。
「朝倉君」
「・・・はい」
心で自分を叱責した。
何をしている。
今は仕事に集中しろ。

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