乾杯した俺達は、まずは軽い世間話から始め、そして会社の話、さらに贔屓の野球チームの話へと雪崩れ込んだ。
出て来るときに改めて資料へ目を通し、万一、話が行き詰ったときの為のネタを5つ6つ仕込んでおいたが、それは殆ど使わずに済んだ。
鴻巣は実に気さくで、話上手な人だった。
城東電機株式会社はこの地域の家電量販店。
鴻巣五十六(こうのす いそろく)氏は現在40代半ばで2代目の社長だった。
初代の社長は西園寺銑十郎(さいおんじ せんじゅうろう)氏。
現在、西園寺氏は会長という肩書になっているが、5年前に娘婿の鴻巣へ社長の椅子を譲り、今は第一線からすっかり退いている。
鴻巣の代になって以降、地方の中小企業でしかなかった城東電機は急成長を遂げて全国展開し、従業員数も非正規雇用を含めると一時期15000人を超えていた。
1年前には自社ブランド『J‐ FRONTIER』を立ちあげ、アジアにその生産拠点を築いたが、間もなく、オリジナルパソコンの発火事故が発生。
しかし新聞、テレビCMなどによる謝罪広告はもちろん、顧客への個別連絡、即時の新品交換等、その後のアフターケアが丁寧だったこともあり、それほどブランドイメージが傷つくことにはならなかった。
この春には、オーディオメーカーの『昴』と提携し、ブランド名を『Frontier昴』へ変更。
パソコン、オーディオ両方を取り扱うブランドとして再スタートさせたというニュースが記憶に新しい。
「既存店舗の他に、新たな販売経路の開拓などは何かお考えですか?」
「もちろん。インターネット通販の拡張は当然として、過去の教訓からアフターサービスをさらに強化、具体的には24時間体制のサポートセンターの新設を検討中だ・・・あと、他社ブランドも含めた地域の電器店への卸しも考えている」
「メーカー系列の家電製品を、城東電機から卸すということですか?」
「そうだ。一定の会費を支払ってもらうことで、うちから地域の電器店へ家電を卸す。もちろん城東電機で買うより販売価格は高くなるが、電器店がメーカーから仕入れるよりも安く出来るようにする。そこにうちのブランドも置いてもらう場合は、さらに値引きを考えている」
なるほど。
量販店に比べて売れ筋商品が確保しにくく、価格競争でも勝負がしにくい町の電気屋さんなら、会費を払って大手から卸してもらう価値はあるだろう。
所謂、量販店用の製品も手に入れることができるし、城東電機の店舗がない地域の人々には、交通費をかけずに割安商品が手に入る魅力がある。
城東電機の儲けとなる会費というのも、そんなに高いものではあるまい。
一方、城東電機にとっては、会員数の分だけ自社製品の陳列棚も確保できる可能性があるというわけだ。
抜け目がない。
「これからどんどん忙しくなりますね・・・電気店の開拓で社員の方が地方を回られることも多くなるでしょうし、そうすると携帯を使ったやりとりはなるべく一つのキャリアに纏めて頂いて、回線数が多いほど割引率が高くなる弊社のスーパービジネスパックのようなサービスで、時間を気にせずお得に話していただけるようにしたほうが・・・」
俺はそれとなく仕事の話を切りだしたが、そのタイミングで突然携帯のバイブが鳴った。
「電話のようだね」
「・・・すいません」
最悪だ。
携帯を見る。
前波だった。
どうしようか悩む。
「気にしないでいいよ」
鴻巣が促してくれる。
俺はもう一度謝って携帯を片手に店を出た。
「もしもし」
「朝倉さん・・・?」
「ああ」
「あの・・・俺、謝ろうと・・・」
「すまないが、今仕事中なんだ」
「こんな時間に? だって、もう10時回ってるよ。今どこにいるの?」
「ホテルドルフィンのラウンジだよ」
「そんなところで仕事なの? 朝倉さん・・・誰といるの?」
「前波、悪いがもう戻らないと・・・電話ありがとう。俺の方こそ、こないだは悪かった・・・じゃあ切るよ」
「朝倉さ・・・」
通話だけでなく電源ごと切った。
前波のいかにも若い焦りが俺を苛々とさせ、なぜか胸を擽った。
席へ戻る。
「大変失礼しました」
「構わんが、・・・もういいのかね?」
「はい」
「それじゃあ、飲みなおそう」
「ええ」
正直なところ、もう酒を飲むような気分ではなかったが、鴻巣がグラスを構えて待っている。
俺は飲みかけのグラスを手にすると、鴻巣と再び乾杯をした。
鴻巣が一気にグラスを呷る。
俺も調子を合わせて呷った。
不味い酒だった。
「電話は恋人かね?」
「いえ・・・あの、そんなんじゃ」
なぜだか頬がサッと紅潮した。
しかも心臓がドキドキとし始めている。
俺は、どうしたんだ?
「そのわりに、随分と色っぽい顔をしている」
「冗談はやめてください・・・相手は男ですよ」
「男が相手だからと言って、恋愛やセックスが成立しないとは限らないだろう」
「社長・・・」

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