話を終えたとき、すでに窓の外は白み始めていた。
「じゃあ、その事件が理由で会社を辞めることになったの?」
すでに熱が去った身体を、後ろから抱き締めてくれながら、前波が言った。
前波に背中を預けてシーツに座りながら話を続ける。
「ああ。・・・正確にはその日のうちに人事に呼ばれて、謹慎処分を言い渡され、数日中に辞表を出した」
「そんな・・・だって朝倉さんは被害者なのに」
「俺が希望したんだ。表向きはセンター長を助けなかった理由で。本当は・・・もう会社にいられないと思ったから・・・好奇の目で、見られるのが耐えられなかった」
それに、俺が原因で仁礼が亡くなったことには違いがない。
悩まされていたとはいえ、やはり身近な人物が突然亡くなったことは、大きなショックだった。
「朝倉さん・・・」
結局、仁礼の転落は事故として片付いた。
森村はアリバイの証明が出来なかったものの、だからと言って彼女が突き落としたことまで立証するには至らなかった。
あの時刻巡回していたガードマンにも話を聞いたらしいが、森村と会っていないどころか、仁礼の転落音すらも聞いていないという。
一瞬の転落事故については恐らくガードマンがエレベーターで移動中だったのかも知れないが、森村を誰も見ている者がいないとなると、彼女があの時間帯にビル内にいたことを証明できる者がいないということになる。
その一方で、居酒屋では仁礼と森村が共にグラスを傾けている姿を見られていた。
何を話していたものか、一方的に喋り続ける森村の隣で、仁礼が早いペースで酒を飲んでいたらしい。
その後見かねた周りの社員がタクシーを呼んで、酔い始めていた仁礼を見送ったが、すぐに彼は車を止めて一人で会社へ戻っていた。
あるいは森村が酔わせた上で仁礼に何かを吹き込んで俺を襲わせるつもりだった、そしてこっそりと後をつけどこかで見ていたのだろう、という仮説を立てることもできるが、彼女の内心まではもちろん判らないし、仁礼の後を追うように店を出ていた森村のその後の動向がさっぱり掴めないというわけだ。
さらに当時の同僚に聞くと、その後、彼女が出産なり堕胎なりをした噂も聞かなければ、妊娠していると言っていた彼女が体調を悪そうにしている様子も誰も見ていなかった。
警察もそこまでは知ってか知らずか、教えてくれない。
仁礼が森村と同棲していたという話の根拠も、今のところ彼女の証言だけであり、幹部連中によると、確かに家には帰っていなかったようだったが、ホテルやウィークリーマンションを点々としていただけで、派遣社員のマンションへ転がり込むなどありえないということだった。
同棲どころか、しつこく付き纏う森村を仁礼が罵っている姿すら目撃されている。
話を総合すると、きっかけはどうあれ森村が仁礼に思いを寄せ、仁礼が執着する俺を逆恨みしていたという図が浮かんでくる
となると・・・。
あのときあの場所で、彼女は皆の見ている前で俺に恥をかかせることこそが、一番の目的だったのではないだろうか。
たったそれだけの理由で、彼女は警察を惑わすような口出しをしたということだ。
彼女が俺にしたことは、あまりにも独りよがりで、そして俺を打ちのめすために十分だった。
俺が自分で巡らした思いにうんざりして、深々と溜息を吐くと、ふわりと大きな手が頭にかけられて、その指が優しく髪を梳いてくれる。
心地よさに、思わず目を細める。
「ねえ、ところで城東電機の社長の名前だけど、何て言ったっけ・・・?」
髪を梳きながら、不意に前波が話を戻してきた。
「鴻巣五十六」
「こうのす、こうのす・・・どこかで聞いたことある気がするんだけど」
そのまま前波は考え込んでしまった。
俺はそろそろ出勤準備をしないといけないため、ベッドからのっそりと這い出る。
身体じゅうが痛かったが、自らの肉体と精神に鞭を打ってシャワーを借りると、手早く洗い流し、着替えを取りに一旦マンションへ戻った。
そしてほとんど寝ずに出勤した会社では、案の定トラブルが待っていた。
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