謹慎2日目。
転職サイトをネットサーフィン中に携帯が鳴った。
二宮かと思って名前も見ず電話に出たら、前波だった。
「朝倉さん、今からお会いできませんか?」
「ああ・・・、いや、どうだろうな」
「どうかされたんですか?」
「それが・・・今、謹慎中でさ」
「謹慎!?」
俺は前波に事情を説明した。
「・・・どこまでも汚いヤツですね、その相手。ですが、だったらなおさら俺の話を聞くべきですよ。朝倉さんの処遇をなんとか出来るかもしれません。先日お会いした居酒屋に出て来れませんか? 謹慎中なら、余計に時間を気にしないでいいでしょう」
「いやだからさ、俺、自宅謹慎中なんだって・・・」
「朝倉さん・・・まさか、自宅謹慎って、自宅から一歩も外に出ちゃいけないとか、思ってませんか?」
「だって、自宅謹慎なんだから、そういうことだろう?」
「朝倉さん一人暮らしですよね。日用品の買い出しはどうなさるおつもりなんですか?」
「ああ・・・そうだな」
謹慎が伸びるようなら、お袋に電話しないといけないのかな。
「まったく・・・いいですよ。だったら俺がそちらへ伺います。買い出しでも何でも言ってください。どうせこっちは暇な学生ですから」
20分ほどで前波はうちへやってきた。
「悪いな呼び寄せて」
台所でお茶を用意しながらカウンター越しに詫びる。
「いいえ。・・・思いがけずご自宅にあげて頂いて、むしろラッキーだと思っているぐらいです」
前波は含みのある言い方をした。
家は別に遠くないのだから、こっちはいつでも遊びに来てくれて構わないのだが・・・つまりお喋りで済ますつもりはない、という意味なのだろうか。
居間へ戻り、煎茶を淹れた湯呑を茶卓ごと机に置く。
「お前、ちょっと生意気になっていないか?」
「朝倉さんが言わせているんですよ。自覚がないのも困ったものですね・・・」
家へあげるということは、やはりそういうことになるわけか。
湯呑越しに意味ありげに見つめられ、思わず目を逸らす。
俺も湯呑を傾けた。
少し茶の出が薄かった。
「不味いな・・・淹れ直そうか」
「俺はこのままで結構です。それより、さっそくですが本題に入らせて頂きますね。城東電機社長の身元が判りましたよ」
「身元?」
身元なら最初から判っている。
城東電機の社長じゃないか。
「ええ。・・・・前に名前に聞き覚えがあるって言っていたでしょう?」
「ああ、それなんだが、よく考えたら成美ちゃんと同姓だったんだよ」
言いながら、俺はあることに自分で気が付いていた。
「どうやら、朝倉さんも同じところに行きついたみたいですね・・・ひょっとして城東電機で会長に会いました?」
「いや、そうじゃないが・・・やっぱり会長が何か関係あるのか? 城東電機の応接室に、林崎神社の掛け軸が掛っていたんだ。案内してくれた女子社員に聞いたら、会長が毎年参拝しているって・・・」
「そうでしたか」
「あの掛け軸は士英館の稽古のときにも掲げてある」
「あれも会長が用意したものですよ」
「会長って・・・まさか」
「西園寺銑十郎。城東電機の会長であり、士英館の会長でもあります」
そういうことだったのか・・・いや、ちょっと待てよ。
「ということは、まさか成美ちゃんって・・・・」
「ええ。鴻巣成美は会長の孫ですよ。つまり会長の娘婿である鴻巣社長の娘です」
あの成美ちゃんが、鴻巣社長の娘で士英館会長の孫娘・・・。
「だから上手いのか」
間の抜けた俺の返事に前波が苦笑した。
「さあ、・・・だからかどうかは判りませんが、確か会長に連れられてナルミンが居合道を始めたのは小学校低学年のときですからね。あの年頃の女の子なら、日曜日は友達や、ひょっとしたら彼氏と遊びまわっていても可笑しくないのに、道場へ通って俺達の指導をしている。普通の女の子とちょっと違うとは思いますよ」
「なんかそう考えると申し訳ない気もするな」
「どうでしょう。・・・ナルミンはそれを嫌がっているようには見えませんけどね」
確かに生き生きとしている。
特に、俺をしごいているときなんて。
「朝倉さん、ひとつお願いがあります」
真面目な顔をして前波が言った。
「ん?」
「もう一度、鴻巣社長と会って頂けませんか」
「どういう意味だ」
「そして鴻巣社長を、今度は朝倉さんが誘惑して頂きたいんです」
「お前・・・本気で言ってんのか」
俺は露骨に顔が強張っていたと思う。
「はい」
ふざけるな、そう言って前波を追い出してやろうかと思ったが、興奮して立ち上がろうとする俺の身体を前波が引き寄せた。
そのままギュッと抱きしめられる。
「朝倉さん・・・、俺がこんなこと、言いたくて言っていると思いますか?」
「前波・・・?」
「俺はあなたを助けたい。そのためにこれは必要なことなんです・・・協力してください。但し、ピンチになったら必ず俺が出て行きます。あなたの肌には指一本触れさせたりしない」
「・・・本当か?」
「約束します。言う通りにしていただけますか?」
「判った・・・。けど、誘惑と言ったって、俺は鴻巣社長の誘いを既に二度も断っているんだぞ?」
そして最終的には金銭での決着を提案されている。
今更俺が誘ったところで、ノコノコ出て来るとは思えなかった。
そもそもあの人は忙しすぎる。
「大丈夫ですよ。あなたが誘えば社長はすぐにやって来ます。俺には判ります・・・ムカつきますけどね。ただ、今回は場所を予め選定して頂く必要があります」
場所・・・?
「おい、俺に何をさせたいのか具体的に言ってくれないか? それに・・・ようするに色仕掛けをしろってことなんだろうけど、やったことないから、どうしていいのかよく判らないぞ」
俺がそう言うと、前波は少し考えるような顔をして、直に何かを思いついたように目を見開いた。
「社長をその気にさせて弱みを握って来てほしいということなのですが・・・そうですね。朝倉さんが誘えば、どうということもない気はしますけど・・・・一応練習はしておきましょうか」
弱みを握るってことは、脅すつもりなのだろうか。
なんのために・・・というより。
「練習だと?」
「はい。俺を誘惑してみてください」
前波がいやらしい笑顔でニヤニヤと俺を見ていた。
「お前な・・・」
真面目に聞き返した俺が馬鹿だった。
抱きかかえられたままだった身体を引きはがし、立ち上がろうとする。
だが、すぐに引き寄せられた。
今度は両足で身体をロックされる。
「だめですよ、そんな冷めた目をしてちゃ。ほら、どうしたんです? 俺をちゃんと誘惑しないと、鴻巣社長を落とせませんよ」
「言ってることがさっきと矛盾してるぞ。俺が誘えばどうということはないんじゃなかったのか」
「失敗することもあります。やはり念入りに練習をしておくに越したことはないでしょう。・・・お互い、完璧に出来ているつもりでいた抜刀を、ナルミンにダメ出しされまくったばかりじゃないですか」
こじつけだ・・・。
「抜刀については、俺は最初から出来ている自覚なんてなかったぞ」
「余計悪いです」
「あれって、結構難しいよな・・・お前、切っ先三寸って、やってて自分で判るか?」
「要は物打ちまで来たら柄を握りこめばいいんでしょう?」
「そうは言ってもさぁ・・・こう、正中線上に刀を抜くだろ?」
言いながらさりげなく立ちあがり、形だけ実演しようとした。
「ダメですよ朝倉さん、その手には乗りません」
すぐに腕を引かれて抱かれる。
「うわっ・・・おいっ、こらお前・・・っ」
そのまま床に押し倒された。
「その気にならないなら、俺がしてさしあげますよ」
上から前波が見下ろしてくる。
俺は両手首を掴まれ、身体をカーペットへ押しつけられていた。
腰のあたりに前波が跨って来る。
「俺がお前を誘惑しないと、練習にならないんじゃなかったのか?」
「本当はそうして頂けると一番ありがたいんですが、・・・朝倉さんにはハードルが高いみたいですから、俺がまず、見本を見せてあげると言っているんですよ」
「てめぇ・・・年下のくせに、いちいち生意気だな」
「気になりますか? だったら年上の余裕でさっさと俺をその気にさせてくださいよ」
「こんな真似しておいて、今でも十分ヤル気マンマンじゃねぇか。その気にしろもクソもないだろ」
「まだ立ってませんよ」
「お前なっ・・・」
何言い出すんだコイツ。
「どうします? 俺があなたをその気にさせてもいいですが・・・それともやはり、あなたが俺の物を良くしてくれますか?」
前波が俺の片手を互いの股間の中間ぐらいへ導いていった。
すぐに掌に当たる前波の物。
俺に煽られてはいないと言うが、既に固さを持って上を向き始めている。
俺はそっと手を這わせると、形をなぞるように刺激を与えた。
「いいですね・・・朝倉さん」
前波が目を細め、掠れた声が返って来る。
「すぐにいかせてやる」
俺の声も熱が籠っていた。
「それは楽しみだ・・・」
畜生。
俺は体を入れ替えると服を脱ぎ、前波の物を取り出して唇を近づけた。

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