前波が帰ってから数時間後。
風呂にも入らずベッドでぐったりしていた俺は、深夜の12時過ぎに二宮から呼び出された。
「朝倉、ちょっとこれから会社に来ないか? 見せたいもんがあるんだ」
どうやらまだ残業中のようだった。
「ですから二宮さん、俺は謹慎中なんですってば」
日用品の購入の為に買い物へ行くぐらいは、百歩譲って大丈夫だとしても、処分の性格柄会社は絶対ダメだろう。
「ですからって何だよ、俺は今初めて誘ったぞ? 誰かに会ったら、忘れ物を取りに来た、とでも言えばいいだろう。家の鍵とか」
「謹慎2日目にですか? 会社と言っても、どうせ執務室に来てほしいって意味でしょ? セキュリティーカードで入室記録が残るじゃないですか。不味いでしょう」
「だったら無理やり俺に呼び出されたって言えよ。後で理由聞かれたら、連れ込まれて強姦されてたとでも言えばいいだろう。俺が証言してやる」
「家の鍵忘れたって言います」
溜息を吐いて電話を切ると、だるい身体に鞭を打って、30分で支度を済ませて会社へ向かった。
「生乾きの髪からシャンプーの良い匂いがしてるぞ。残業続きで碌にソープへ行く時間もない俺にサービスのつもりか?」
結局、会社の玄関で待っていてくれた二宮は、自分のカードを通し、俺を一緒に執務室まで入れてくれた。
二宮は意外なところで、細やかな気遣いができる優しい男だった・・・もちろん、本来はやっちゃいけないことなのだが。
幸い他に残業者もいないようで、どうやら俺の深夜の侵入は、監視カメラを確認しない限りは誰にもバレずに済みそうだった。
俺を強姦していたと二宮に証言させる必要がないようで安心する。
「ここまでのお気遣いには感謝します・・。さっさと、要件を話してください」
大体、結婚しているくせにソープに行っていると、堂々と会社で白状する神経が信じられない。
「つまんない男だな。・・・とりあえずこれ見てくれ」
二宮のデスクへ隣の席から椅子を引き寄せて座り、ノートパソコンに表示されている中国語のショッピングサイトを覗きこむ。
「うちの機種ですね」
よくある白ロム転売だろう。
「そうだな。こっちも・・・こっちもそうだ」
二宮が下に表示されている別の機種を次々とクリックしてゆく。
いずれもこの1〜2カ月ほどの間に発売された最新機種。
それも中国語対応のものばかりだった。
「確か日本の数倍の金額で売買されているんですよね、あっちって・・・」
日本人ならもはや誰も買わないような、通話の他にはせいぜい写メができる程度の端末が、どうかすれば7〜8万で取引されていたりする。
そんな背景を受け、最初から転売目的の申込者が、携帯会社が設ける回数制限の規定を潜り抜けて端末を大量入手するために、身分証明書を偽造したり、写真の入っていない保険証や住民票を使って他人になり済ましたり、或いは、浮浪者などを買収して身分証明書を作らせて契約させたりすることもある。
あからさまなやり口だと、もちろん店頭で怪しまれて、審査で落とされるが・・・。
実態のないペーパーカンパニーを作って個人よりも台数が稼げる法人契約をするケースも非常に多い。
支払い実績を見られない新規購入時には店頭支払いが生じないケースも多く、当然そういう連中は月々の利用料金など払う気は一切ないわけだから、後にすべての請求が滞納となり、こういう件数が積み重なると携帯会社にとっては深刻な被害なのである。
「これが販売店の会社概要だ」
二宮がリンクをクリックして中国語の『Do it! Mobile』という携帯販売業者らしき名前に上海の住所と電話番号、そして代表者らしき劉建華という人物の名前をモニターに表示した。
さらに二宮がマウスを動かし、タスクバーへ予め縮小しておいたページを開ける。
「これは?」
「Do it! Mobileの電話番号で検索してヒットしたページだ。これは中国語だが、トップページへ戻ると・・・」
「日本のサイト・・・」
『電話屋本舗』なる携帯販売店のホームページだった。
この会社の住所は東京なのに、なぜか中国語版の問い合わせ先には、Do it! Mobileの上海の電話番号が記載されている。
「そしてこの電話屋本舗の代表者三原隆一郎で名寄せをすると・・・」
二宮は続いてタスクバーに収めておいた、ソコモの顧客情報管理システムを開く。
「太陽電光株式会社・・・うちで契約あるんですか!?」
それは法人契約で先月上旬に5回線開通していた既存顧客だった。
一度請求の締め切りが来ており、既に滞納マークが付いている。
二宮が契約時の添付書類を開いた。
「法人確認書類は現在履歴事項証明書・・・その会社成立年月日が登録の直近になっている」
「資本金1円なんて、いかにもなペーパーカンパニーじゃないですか」
登録には若干時間をかけているところを見ると、担当者も一応怪しいとは思ったみたいだが、結局何も出てこなかったのだろう。
「これが代表者兼申し込み来店者である三原の住民票。この住所見て見ろよ」
「やっぱり・・・」
太陽電光とは異なるが、電話屋本舗の住所と同じだった。

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