翌日の夜、俺は臨海公園駅近くにある『グランドイースタンホテル』という、老舗のシティホテルへ向かった。 「鴻巣社長はやり手のビジネスマンですが典型的な成り上がり者で、形式ばったのは苦手のようですね」
重々しい回転扉を潜り抜け、吹き抜け天井のロビーを横切ると、レセプションの奥にある、金の手摺が付いたなだらかにカーブしている階段を降りて地下へ向かう。
階段を降りると目の前に現れたのが、『LASSERRE RESTAURANT』と書かれている、壁面に大きな浮きだし文字の看板。
オレンジ色の3つの照明にぼんやりと照らされた白壁が印象的だ。
俺はその店の前を通り過ぎると、長い廊下を奥へ向かってさらに突き進む。
前波の予想通り、電話を架けると鴻巣は二つ返事で快諾した。
但し、場所の選定には少しばかり時間がかかった。
鴻巣は先日のホテルドルフィンへ俺を誘いだそうとしたが、俺がグランドイースタンホテルの名前を出すと訝しんできた。
「私はホテルドルフィンの方が都合がいいのだが、それだと何か問題でも?」
「今回は私に社長を招待させて頂きたいんです。お詫びの印ですから」
「ほう。しかしグランドイースタンのラセールというと・・・随分気どりすぎてやしないか?」
ディナータイムにノータイ、ノージャケットで行くと、まず門前払いを食らわされる、フレンチの高級レストランだ。
コースディナーだと一人15000円はとられる。
料理は最高級だが、堅苦しいのはあまりお気に召さないようだった。
「では、ダイニングバーのダルトビラは如何ですか?」
「ダルトビラか・・・悪くないな」
乗って来た。
この流れも予め前波と考えた作戦通りだった。
事を終えた俺達はシーツに包まりながら、ベッドへノートパソコンを持ち込み、グランドイースタンホテルのホームページを見ながら作戦を練っていた。
「そういえば、ホテルドルフィンで会った時も、しきりに堅苦しく考えるなとか、楽にしてくれと言ってたな・・・」
「ご自分がそういうのを嫌うみたいですよ。あの家は西園寺会長が武道を、鴻巣夫人が華道に茶道と、何かと作法や躾に五月蠅い中で、唯一リラックスできるのがお父様だとナルミンが言っていました。要は、社長自身がそういうのが苦手ってことらしいです」
「となると、フレンチなんて以ての外だな・・・懐石もどうだろう」
「ここがいいですよ」
そう言いながら前波がリンクをクリックした。
いかにも気取った店内の写真がゆっくりとページを捲るように開く。
「おい、冗談だろう? こんなとこ俺だって緊張するぞ。だいたい二人で軽く3万はとられるような店で、誰が金を払うんだよ」
「金なら頼めば社長が喜んで出してくれると思いますが・・・まあ別に実際に行って頂く必要はありませんので、安心してください」
「どういう意味だ?」
「社長はまず断りますよ、こんな店。そこで、・・・こっちを提案してください」
そう言って、『ダルトビラ』という地下のダイニングバーをクリックした。
多国籍料理が手ごろな値段で楽しめて、和洋酒ともに数が揃っている。
店内は地中海のバカンスをイメージした装飾で、石壁に青い間接照明の天井が印象的な美しい店だった。
ホテルドルフィンで行った最上階ラウンジの、落ち着いた大人のムードと似た空気がある。
「確かにここなら、社長が好きそうな感じだな。・・・だったら、最初からここへ誘えばいいじゃないか」
「それではテリトリーのホテルドルフィンへ連れて行かれてしまいますよ。だからまず、ラセールへ招待しますと誘ってください。社長のコンプレックスを刺激するんです。動揺したところで、こちらへ誘い直すんですよ。さらに、個室へ誘ってくださいね」
「何だと・・・?」
ダルトビラには個室があった。
予約が必要となっている。
「これなら確かに社長が食いつきそうだが・・・」
個室ということは、また社長と二人きりになるということだ。
しかも今度は俺が口説かないといけない。
前波が肩を引き寄せてきた。
「大丈夫ですよ・・・絶対に俺が守りますから」
「だけど・・・」
「さっきあれほど俺が愛したというのに、まだ信じてもらえませんか? 俺があなたを誰かに差し出すとでも?」
「・・・絶対だぞ」
「当然です」
そう言うと前波はダルトビラの予約のリンクをクリックした。
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