第二鳥居も通り抜け、地下鉄駅が目の前にある大鳥居へ向かって共に参道を歩く。
先頭に九頭、少し遅れて伊沼、その背後に相変わらず森之宮が近すぎる距離でくっついて歩き、やや距離を空けて天満皐月、福島愛瀬(ふくしま あいせ)という伊沼のSP達が後ろを歩いた。九頭のSPはまだ一人も守国神社に到着していなかったが、なんとなく自分が公邸に戻るほうが早いような気もしていた……というより、きっとどこかで擦れ違うことだろう。京橋達もみたま祭り期間中ぐらいは守国へ参拝した方がいいのだ。
「なんだか今年は参道が随分と広く感じられますね」
さほど淋しそうな様子もない伊沼の声が、肩の辺りで聞こえた。振り返ると、いつのまにか伊沼は自分の隣を歩いていたようだ……森之宮が背後霊と化していることは相変わらずだが。
「俺も期待して来たんだが、何も出ていないとちょっとしらけそうだな」
「一郎さん屋台を冷やかすの好きですもんね……いつでしたっけ、射的で弾が当たったの当たってないのでさんざん揉めて、とうとう屋台のオヤジさんが根負けして景品くれたの……あれって何でしたっけ?」
揶揄うような調子で思い出を語ってみせた伊沼が、射的の景品を思い出そうとして首を傾げる……耳のあたりがジャージを脱いでTシャツ姿になっていた肩に触れてくすぐったいと九頭は感じた。
「腕時計だよ。……言っておくが、あれは本当に当たるのを俺は見たんだぞ。だが、マスコットやパッケージに入ったゲームなんかと違って、的が小さい上に、安定が良すぎて反動が殆どなかったんだ。だから、確かにわかりづらかったが、俺は間違いなく当たるのを見た」
某ユーリア製高級時計を真似たHOREXというふざけたブランド名のメタリックな腕時計……偽物も良いところだが、屋台の男と喧嘩してまで手に入れた時計は、その日の帰りに伊沼に贈られ、隣の男がその安物を今でもときどきプライベートで付けていることを九頭は知っている。こそばゆさを隠しつつ、HOREXの恐るべき性能の安定ぶりに驚いて、あるとき持ち主に質問してみると、外装以外はそっくり、その年のうちに手持ちのユーリア製高級時計と入れ替わっていたというから、九頭は二度吃驚させられたものだ。と、同時に伊沼のいじらしさに堪らない気持ちを随分持て余した。
なんとも照れ臭い思い出を隅々まで脳裏に呼び起こされ、九頭は頭を切り変えるべく話題を変える。
「けどまあ、境内から混雑原因である屋台が消えたとなると、歩道橋に座り込むガキどもも追い払えて、ちっとは近隣住民も落ち着くだろうなあ」
大鳥居前の坂を下りた場所へ、守国通りを横断する大きな陸橋が建っており、屋台で飲食物を買いこんだ若者たちが、腰の落ち着けどころをそこに求める為、陸橋の混雑もまた苦情原因の一つになっていた。確かに迷惑な話ではあるが、守国神社のみたま祭りは、高校、あるいは大学を卒業し、進路がわかれた若者たちが再会する格好のイベントでもあったのだ。同窓会の楽しみをひとつ失った彼らが、九頭には少し哀れでもあった。かつて自分達が見送った十代、二十代の兵士達は、前線へむかうとき、口ぐちに守国で会おう・・・そう約束をして爆撃機に乗り飛び立った。それは悲しい過去であり、当時彼らを勝てる見込みのない戦へ駆り出すしかなかった自分達政治家にとって、その無能さを恥ずべき逸話だ。それでも時代を経て、その意味合いも変わったとはいえ、今なお、守国神社が同年代の若者たちの再会の場となっている事実を、九頭は純粋に嬉しく思う。この社に眠る英霊達が、かつての友と再会する華やいだ若い姿を、きっと生きて果たせなかった戦友との再会に重ね合わせながら見守っている筈だからだ。その光景が、どうして美しくない筈があろうか。
「なんでも、騒音とナンパが酷くて、市に苦情が殺到し、年々それが増加傾向にあったらしいですね……まあ、確かにあれは邪魔でしたけど、……こう閑散としていると、ちょっとさみしいかな」
そう言いながら、また首を傾げた伊沼の耳が肩に触れる。ほぼ同時にすぐ後ろからわざとらしい咳払いが聞こえた。
「……失礼しました、ちょっと喉にホコリが」
「森之宮君、大丈夫ですか? あちこち作業しているから、言われてみると少しホコリっぽいかもね」
「大丈夫です、総理。ただのホコリですから……」
「よかったらそこで水でも買って来ましょうか? まだ茶店は開いてないけど、自販機なら……」
「いえ、そんなお気遣い頂かなくても、ホコリぐらいのことで……」
常に自分のことは二の次である伊沼の、しつこいぐらいの気遣いのせいで、目に入れても痛くない弟分をまんまと奪われた九頭は、本当に茶店へ走って行ってしまった伊沼を見送りながら天を仰ぐ。あれだけ焦るなら、わざとらしい咳払いなどせねばよかったのだ、伊沼の性格を知らぬわけではあるまいに。
見上げる夏空は果てしなく爽やかだ。それはどこかホクマ橋で見上げたものとよく似ており、エスティア解放戦争開戦直後の、この守国で見上げたものと瓜二つに見えた。
どうか皆、心配せぬようにと……そして淡路(あわじ)には、身体に気を付けてと、それだけお伝え下さい……。
強化ガラスの向こう側で、痩せ細った四つ年下の男は、言葉少なにそう語った。その一週間後、最後まで愛国者であり、愛妻家であった元陸軍大将は絞首台の露と消えた。その日が、皇太子殿下のお誕生日であったことに、言い知れぬ嫌悪感と吐気を催した。
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