『江藤達が手にしていたものは・・・』 校舎の大時計はそろそろ11時になろうとしていたが、グラウンドの100メートル走はまだ始まったばかりのため、もう少しだけ時間に余裕がありそうだった。 『第76回蒼天祭 大会プログラム』 3P:目次 ☆ ☆ 午前の部 ☆ ☆ (一)第76回蒼天祭開会式 −−− 昼 食 −−− ☆ ☆ 午後の部 ☆ ☆ (七)クラス対抗3on3トーナメント(ミニバスケットコートにて) 6P:学校長挨拶 ☆☆『魔王伝説』登場人物紹介☆☆ 城陽(じょうよう) ・・・ 主人公。陽の国の第1王子だが、魔王の目を眩ます為に王女として育てられた。 要するに、学校擬人化漫画といったところのようであり、その主人公は我が城陽学院となっているのだ。
俺は席の前の方へ近づくと、江藤に声をかけた。
「何やってんだ、お前ら?」
江藤と川口渚(かわぐち なぎさ)が見ていたのは、本日一般来場者席に配布された、体育祭のプログラムだった。
「ああ原田君、戻ってきたんだ。・・・ええっと、その、足は大丈夫?」
江藤の目がはっきりと泳いでいる。
まあ、俺が転んだのはトラックの最終コーナーを回った辺りで、すぐ目の前でパンツをさらけ出して転倒したわけだから、処女にはさぞかし刺激が大きかったことこの上ないだろう・・・というか、相手が恥ずかしがってくれると、結構本人は平気なものだ。
俺は江藤の隣へ腰を下ろすと、彼女達が見ていたプログラムへ、ひょいと首を伸ばして覗きこんだ。
「なんか面白いことでも書いてんのか?」
「ちょ、ちょっと・・・見たいなら貸してあげるわよ」
さらに焦ったらしい江藤が、顔を赤くしながら凄い勢いで俺にプログラムを押しつけてきた。
川口も見ていたのだろうに、いいのかよ・・・と思いながら、せっかくなので有り難くパラパラと捲ってみる。
プログラムの構成はシンプルであり、わりと丁寧に作られていた。
結構ページ数が多い。
表紙は光沢のあるブルーの用紙に、毛筆タッチの太い縦書きで『第76回蒼天祭』と書いてある。
表紙裏には、編集・発行/城陽学院高等学校体育祭実行委員会とだけ書いてあり、1枚の白紙を挟んで、中身は以下の通り。
4P〜5P:大会プログラム
(二)男子200メートル走
(三)女子100メートル走
(四)女子障害物150メートル走
(五)3年生クラス対抗フラッグ戦トーナメント(サッカーグラウンドにて)
(六)男子トライアスロン
*城陽学院高等部、及び中等部チアリーディング部による演目(グラウンドにて同時開催)
(八)男子クラス対抗リレー
(九)女子クラス対抗リレー
(十)仮装障害物競争
(十一)2年生クラス対抗騎馬戦トーナメント
(十二)女子ダンスリレー
(十三)男子2000メートル走
(十四)1年生クラス対抗大縄跳びトーナメント
(十五)女子飴食い競争
(十六)教職員による学年別仮装対抗リレー
(十七)男女混合やまびこジャンプ競争
(十九)閉会式
7P〜21P:各クラス体育祭テーマと紹介文、及びクラス旗
22〜30P:各クラス担任教諭挨拶
31P:体育祭実行委員会より、大会に寄せて
32〜55P:特別漫画
(企画・体育祭実行委員会 作・城陽学院高等学校美術部 協力・一神教真理会友愛の杜芸術の都大学学生有志)
最後の特別漫画は、なぜか冒険ものの内容であった。
4コマであるが、1ページに4本ずつ描かれ、それが23ページ続いており・・・つまり、この大会プログラムの中でもっともページ数が割かれている。
協力として名を連ねている、一神教真理会友愛の杜芸術の都(いっしんきょうしんりかいゆうあいのもりげいじゅつのみやこ)大学学生有志・・・やたらと長い名称であるが、学生有志達の所属先であり、それでいてどこか怪しげな響きを持つこの大学とは、通常俺達、学園都市線沿線の住民が「芸大」とだけ、その名を呼んでいる、学園都市線終点駅にある大学のことであり、俺はかつて、ここの清楚な女子大生に恋をしたという甘酸っぱいエピソードを、17年間ある己の人生のうちに刻み込んでいる・・・その女子大生はのちに元男と判明して、江藤に爆笑されたが。
ともあれ、この大学は『一神教真理会』という、新興宗教系の学校法人であり、画壇や映画界、演劇界に卒業生を送りこんでいて、実は英一さんもその一人だったりする。
少なくとも英一さんの場合は、仕事さえ重ならなければという条件付きで、正月には神社へ参拝し、実家の法要では仏前に手を合わせ、冴子さんとの結婚式は白亜のチャペルだったと聞いている。
要するに、大学行事以外で一神教真理会とは何の関係もないが、無神教というわけでもなく、ごく一般的日本人並みな宗教観の持ち主であり、つまり俺や冴子さんと変わらないということだ。
そしてほとんどの芸大の学生もまた、かならずしも信者の集まりというわけではなく、むしろ信仰的には無関係者が殆どだろう思われ、それは多くの宗教系学校法人がそうであるのと変わらない。
ちなみに優秀な人材育成という点において芸大は、各業界より熱い注目を集めているが、その一方で母体である宗教法人の教祖には2度の逮捕歴があり、罪状は脱税と強制猥褻だか、暴行傷害だったか、その辺だったと思う。
一神教真理会の信者達が教祖の無実を訴え、家宅捜索を受ける教団本部にバリケードを築いて捜査員と揉み合いになっていたニュース映像は、当時まだ小学生だった俺の脳裏に強烈な印象を残したものだ・・・。
まあ、そんな話ともかく。
その芸大の学生有志が、どうやらこの体育祭プログラムに協力しているということは、彼ら、彼女らはうちの卒業生なのであろう。
その誰かが描いたと思われる、この数葉の漫画の印象は、あくまで素人目線での評価ではあるが、非常に技術が高いと思う。
登場人物達はいずれも、姿、性格において個性的で、男も女も見目美しく、キャラクターばかりでなく背景画像の描き込みも臨場感に溢れ・・・それはおよそ4コマ漫画という一般概念からはかけ離れた、複雑なタッチだ。
物語内容も展開が起伏に富んだ冒険譚であり、なぜ4コマ漫画という手法を取ったのか、少々疑問を持たざるを得ない。
そして登場人物は以下の通り。
二葉(ふたば) ・・・ 自称魔導士だが、魔王と深い関係にある。魔王討伐に立ち上がる城陽へ、伴侶となることを条件に協力する。
白鳳(はくほう) ・・・ 男しかいない海の国の第2王子で海豚使い。城陽の元フィアンセ。
城南(じょうなん) ・・・ 城陽の母であり陽の国の王妃。城陽を守る為に彼に対して、謎の老婆に魔法をかけてもらった。
城西(じょうさい) ・・・ 幼い頃に盗賊一家へ攫われた、盗人の少年。人形のように美しいが、手癖と口が悪い。
泰女(たいじょ) ・・・ 女しかいない女子大国の騎士であり、本人も一応女。
泰文(たいぶん) ・・・ 魔王の城に住む僧侶。魔王に弱みを握られている。
魔王(まおう) ・・・ 2500年以上も前から芸大城に棲んでいる森の支配者。
ちなみに設定は微妙にリアルである。
二葉は頭が良さそうだが性格がやや破綻しているし、逆に城西は頭が弱くて育ちも悪そうだ。
泰女・・・つまり泰陽女子学院(たいようじょしがくいん)大学には女しかおらず、やたらと逞しいし・・・まあ、これに関しては、唯一俺が知っている、城南卒業生で女子大の現役学生が、この設定に重なるというだけの話なのだが、逆に海浜公園の白鳳は海に近い男子校だ。
仏教大学の泰文こと泰陽文科(たいようぶんか)大学は僧侶の設定で、魔王こと芸大は・・・まあこんな漫画を考えるほど恐ろしい連中がいるってことだろう。
城南がやや良く描かれすぎている気はするが、おそらくこれは物語進行上、こういうポジションが必要だったのかもしれない・・・俺の知っている限りにおいて、現役であれ卒業生であれ、こんなに愛情に満ち溢れ、美しく強く優しい城南の学生を見たことはない。
物語はというと、おおざっぱに言えば、パーティーを組んで魔王を倒しに行くと言う、ありふれた冒険譚。
ただし、どう見ても最大のヒロインが主人公の少年で、おまけにその主人公を巡って、同じく男である魔導士と海豚使いが三角関係になっており、魔王がショタコンでドラゴンを使って攫ってきた少年達に、ここには書けないようなことをいろいろ致している・・・っていうか、こんなもん何で父兄に配る大会プログラムに描いてんだ!?
しかも、自称魔導士が主人公に対して「俺の魔力を持ってすれば、男のままでも充分お前を妊娠させられる」などという、竜の落とし子もびっくりな恥ずかしいセリフを吐いている。
なんだか俺には、ドラゴンよりも魔王よりも、どうやら味方らしいこの魔導士の方が怖ろしいのだが・・・。
・ストーリーをちょっと読んでみる。(別ウィンドウで開きます)
*注意*大人の事情により文字のみ。全9ページ。(40kb 17309文字)
(第1章のみ公開)
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